戦争ごっこ

                    ヘディン・著
                    笛地静恵・訳

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4・乳首山頂

 長い道程だった。ジャスミンの呼吸につれて、胴体の皮膚も、大海原のタンカーの甲板のように揺れ動いていた。ビルは、バランスを取るため、絶え間ない緊張を強いられていた。

 体毛が、金色の草のように生えていた。が、それで体重を支えることはできなかった。汗腺からは、汗が玉になって無数に吹き出していた。アーミー・ブーツの足元を滑らせていた。何度も転んでいた。酔ったような気分になっていた。

 ジャスミンの美しいヌードの乳房の二つの山までは、まだ、だいぶ距離がある。すでに天空に向かって、聳えるように巨大に見えていた。

 道程は、たいへんに長く感じられていた。太陽からの輻射熱が、彼女の身体から発散される体温の熱気に加算されていた。夢にまで見たジャスミンの肉体の上だった。彼は、この場所に触れることを、あの当時、如何に熱望していたことか。ジャスミンは、十五歳だった。

 今でも、一人きりになれる時間があると、ビルは彼女のことを思い出さない日はなかった。彼は彼女を失うような、何かいけないことをしたとでもいうのだろうか?何もしていない。

 彼らは、いつもモールのどこかで、デートしていた。あの頃は、なんて幸福な日々だったことだろう。わずか四回しか、会っていなかったけれども。

 それから、彼女の両親に発見された。両親は、ジャスミンとこの問題について議論さえしなかった。反論の機会さえ与えなかった。もっとも異常な仕打ちをした。彼女を連れて、別の町に引っ越してしまったのだった。彼女の母親が、すべてのお膳立てを整えたのだった。

 ジャスミンからは、何通もの手紙が来た。ビルは、その何倍もの手紙を書いた。しかし、ジャスミンの手元に届いたのは、わずか二通に過ぎなかった。いずれも、彼女が学校を早退し、郵便配達人を通りで待ち受けて、ようやく入手したものだった……。

 三年も昔のことだ。

 そして、今。ジャスミンが戻ってきた。彼女は、あのアンクレットを、まだ身につけてくれていたのだ。ビルが贈ったものだった。ズボンや靴下に、容易に隠すことができるからだった。指輪の方が、より親密な贈り物だったかもしれない。しかし。それは、あまりにも危険だった。彼女は、まだ、あれを身につけてくれていたのだ!

 ビリーは、立ち止まっていた。考えに没頭しながらも両脚だけは、なお前へ前へと行進を続けた。

 今では、彼は彼女の左の乳房と、正面から対峙する場所に辿り着いていた。巨大な乳房だった。三年前だって十分に大きな乳房に思えた。今ではそれは彼にとって、途方も無い巨大な乳肉の山だった。

 肉と脂肪の気球のように膨大だった。すでに巨人の胸肉の山塊の生み出す、大きな影の中にいた。

 乳の山は胸元からの標高だけでも、百メートルの高度があるように思えた。彼の見るところでは、麓からの三十メートル程は、オーヴァーハングした肉の壁だった。

 彼の眼前で、一回の呼吸ごとに乳房は大きな上がり下がりを繰り返していた。同時に乳房の谷間に、広い裂け目を生み出していた。乳房の間が、開いたり閉じたりを繰り返していた。鎮座している物体の重量は、夢にも見たことさえないような凄まじいものだった。

 もし彼が、あの
おっぱいの谷間に、捕まってしまったとする。即座に、挽肉になってしまうことだろう。あのハンク以上に徹底的に磨り潰されてしまうことだろう。

 頭を振って物思いの状態から目を覚まそうとしていた。素朴な気持ちで、眼前の美しいおっぱい山の美を鑑賞していた。左の方に顔を向けていた。胸の谷間から登る以外に道がないことが分かっていた。後戻りをするようにして、乳首の先端まで登頂するルートを取ることにした。

 ジャスミンは、背中を下にして平らになって横たわっていた。本当の意味での胸の谷間は、出来てはいなかった。

 しかし、もしも、彼女が、上半身を持ち上げようとしたとする。彼の命を一瞬で奪うような危険地帯が、あのおっぱいの谷間に生じることだろう。けれども、ビルは他に、どんな方法も思い浮かばなかった。彼は、彼女の胸骨体の上を全力で疾走していった。

 度胸をつけるためにも勃起した股間を、ズボンの上から片手で握り締めるようにしていた。この光景は圧倒的だった。十五歳の彼女の裸の乳房を、こんな角度から眺めたことは、一度だってなかった。

 彼らの関係は、とてもゆっくりとしたペースで、進展していった。二人とも自分たちの若くて未熟な愛が、なんと優しくてデリケートなものなのかということを、知ってはいた。

 そして、今、彼は、十八歳になった彼女の、おっぱいの間の無防備な平原を、疾走しているのだった。ビルは乳房山への登頂に、もっとも適した斜面を発見していた。

 ここからならば、彼にだって彼女の胸に登ることが可能だろう。しかし、まず最初に、彼は跪いていた。彼女の乳房の皮膚に、優しいキスを捧げた。

「ジャスミン。僕を許しておくれ!自分の命を救うために、こんな無礼な方法しか思いつかない」

 ここからならば乳房山に一挙に駈け登れる。高揚した気分になっていた。しかし、彼女の絶え間ない呼吸による大地の鳴動が、この試練をパスすることを容易には許してくれなかった。

 足元を絶え間なく揺らす心臓の鼓動とも、戦わなければならなかった。この点では、右の乳房の方が有利な条件が揃っていたかもしれない。しかし、もうサイコロは投げられた。このまま行くしかなかった。

 彼はついに、皮膚のメラニン色素の沈着の濃い、乳輪の輪のなかに入っていた。暗い色の皮膚は、周囲と比較しても、とても優しい滑らかな感触がした。それとともに、進路に、でこぼこも多くなっていた。乳輪腺というものだった。

 乳首に辿り着いた。半分は、乳房から勃起した状態でいることを発見していた。乳輪から、約二十メートルの高度にまで盛り上がっていた。

 彼女の乳首の皮膚は滑りやすいものだった。けれども、ともかく足掛かりはあった。乳輪腺の生み出す小さな峡谷が、無数にあったからだ。

 乳首が揺れた。全体が、さらに勃起していた。手が滑った。地面まで十五メートル程度の距離を転落してしまった。

 乳輪の皮膚の柔らかさだけが、彼の命を守ってくれた。再び感謝のキスを捧げていた。より一層、注意深く、行動しなければならないということが分かった。

 ついに乳首の頂上にある、乳汁の出る穴、乳頭管の開口部の凹みに指をかけていた。少女の乳頭には、この穴が二十箇所はあるのだった。

 
ついにやった。乳房山の頂上を征服していた。



 ここに来るまでに通過してきた、道程を一望にしていた。
長い長い冒険の旅路だったのだ。

 乳房の湾曲した急斜面があった。
太陽の光が、汗の浮いた皮膚に眩く光っていた。

 腹部の平原を見下ろしていた。
あそこでは、呼吸のせいで大きな起伏に悩まされた。

 臍の黒い湖水のような影が見えた。
 下腹部の平原。
 陰毛の森。
 恐怖の股間の深い裂け目。
 長い長い脚の稜線の彼方に、足と木製のミュールが見えた。
 緑の芝生の森があった。

 そして。
 ふと。気配を感じた。

 
見られている。

 彼は、彼女の顔の方角に向き直っていた。顔も、もうひとつの巨大な肉の山並みだった。恐怖のあまり、凍り付いたようになっていた。乳首山頂に立ち尽くしていた。

 二つの緑の瞳と、目と目が合っているのだ。恐怖のあまり絶叫するところだった。次の瞬間には巨大な手が、乳首の上の虫を捻り潰すために襲来することだろう。

 逃げるために、乳首の上から飛び降りる適当な場所を、きょろきょろと探していた。いっそのこと、もっと縮小してしまえば。乳頭管の開口部の穴の中に、潜ってしまいたかった。しかし、結局のところ、彼がしたのは何もしないという選択だった。

 恐怖のあまり凍り付いていた。その場所に立ち尽くしていた。ある意味で幸運な選択だったのだ。

 ジャスミンが驚きのあまり、口から大量の息を吸い込んでいた。次には吐き出した。大暴風となっていた。乳首の丘全体が、暴力的に振動していた。

 乳汁の出る乳頭管の開口部に、指を突っ込んでいた。直径六十メートルの肉の気球の、膨大な斜面を転落することを想像していた。恐怖のあまり、彼は指が鋼鉄のように固くなるまで力を入れていた。手が真っ白になっていた。なんとかしがみついていた。身体を固定することができていた。

 乳房山の山頂。乳首の丘の上を、呼吸の風が轟々と吹き過ぎていった。ジャスミンの反応だった。

 もし、移動していたら足を掬われていただろう。どこに吹き飛ばされていたかわからなかった。乳房山の急斜面を転落しても、無傷でいられるとは思っていなかった。

 緑の瞳が、大きく見開かれていた。しかし。殺害を目的とした手が、肉の地平線から登場することはなかった。ビルは巨大な顔に向かって、大きく片手を振っていた。自分の存在を報せたかった。

 ビルにもジャッスミンの表情から、自分がここにいることを、彼女が理解してくれたことが分かったのだ。彼の心の一部は、冷静に考えていた。そんなことは不可能だった。彼のサイズは、哀れな程にささやかである。見栄えがしなかった。

 身長二ミリメートルに満たない黒い点。

 それを、人間だと判別することすら、通常は不可能なことだろう。しかし、彼女の口元には笑みが浮かんでいた。恋をする男女にだけ可能な不思議な精神の交感があった。

 彼女は彼のことを、もっと良く見ようとしていた。気をつけながら、徐々にだが、ゆっくりと顔を持ち上げていった。

 ビルは、また両手で乳頭管の穴にしがみつかなければならなかった。しかし、山頂への救助の手は、思わぬ方向から登場したのだった。いきなりだった。

 赤いマニキュアを塗った巨大な爪先の先端が、彼の背後から乳首に、どすんとぶつかって来た。

 衝撃は、彼にとってあまりにも強力だった。反動で、輝く赤い鉄板のような表面に、背中から三メートルの高さを転落していた。何の怪我もしなかったのは、純粋に幸運としか言いようがなかった。

 彼は彼女が、恐怖のあまり叫びだそうとする衝動を、なんとか飲み込んでくれたことに感謝していた。ジャスミンが、感情を抑制することに成功したと感じていた。

 幸運だった。悲鳴はビルの鼓膜を劈き、脳細胞まで破壊していたかもしれない。しかし、厚い爪を透過してくる彼女の血管の脈拍は、今ではまるで大砲の一斉砲火のように激しかった。

 すぐに彼は爪の付け根の部分に、荒々しく皮膚が剥がれて窪んでいる部分を見付けた。入り込んでいた。ようやく身体を安定させることが出来た。

 いきなり空中飛行の大冒険の旅が開始された。爪は、思わず小便をちびりそうな高度にまで、急速に上昇していた。 目的地は、あの緑色の瞳だった。

                 *
 
 ジャスミンは、自分の爪にしがみ付いているビルを注視していた。



  間違いようがない。彼だった。意識を回復するのを、じっと待っていた。


 爪を顔まで移動している間に、失神してしまったのだ。

 こんなに小さいのだ。さぞかし、恐かったことだろう。死んでしまったのではないかと、心配でならなかった。だから、立ち上がって手を振ってくれた時には、本当にうれしかった。

                 *

 三分後。彼は、意識を回復していた。自分が、どうして転落死から免れたのか分からなかった。彼女が彼を凝視していた。何とも形容ができない穏やかな表情を浮かべていた。たぶん、ビルもジャスミンと同じような顔をしていたことだろう。ただ彼の場合は、ここに辿り着くまでの、旅路の苦難と恐怖のために、強ばっている皮膚の下に隠れているだけのことだった。

 長い年月、引き裂かれていた恋人たちが、ついに運命的な再会を果たしたのだ。

                 *

 ジャスミンには、どうしてビルが友人のルーシーの叔父の別荘の庭で、こんなに小さくなっているのか分からなかった。緑色の服装からして、最近、男の子の間で流行しているという、あの身体を縮小しての「サバイバル・ゲーム」でもしていたのだろうか。まあ、いい。後で話を聞けば分かることだ。

 彼女は、ビルに安全な隠れ場所を用意する必要があった。いたずらなルーシーに見つかったら、何をされるか分かったものではなかった。彼女は自分が、いつかはこの日が来ると、分かっていたような気がした。ずっと準備していたのかもしれない。ポーチ・バッグの中に、あれがあった。

                 *

 彼女の自由な方の手が、頭の後に回されていた。彼は耳障りな轟音を聞いていた。何かを探しているような様子だった。そして、あれが登場したのだ。

 ジャスミンにとっては、青い小さな箱。彼にとっては、青いビル一個分の体積のある物体。

 青いヴェルベットの布が、箱の内と外に張ってある。良く知っている。ビルがプレゼントしたものだったからだ。アンクレットが入っていた箱だった。

 彼女は、親指の爪先だけで、箱の蓋を開いた。それだけのことだったのだ。が、彼は、その凄まじい力の誇示に身体が震えるのを、押さえることができなかった。彼の視点では、親指の爪の力だけで、ビルを二つに割るような超絶的な芸当だったのである。

 箱の内側も、すべて柔らかい青のヴェルベットで覆われている。ゆっくりと、ことさらに、ゆっくりと、彼女は爪先を下降させていった。

 彼は、その上から飛び降りた。豪華な絨毯のように、ふかふかの床だった。毛足の中に埋没してしまいそうだった。

 ともあれ、これで安全だった!

 自分の身の安全が確保されたのでビルは、いきなりアルのことを思い出していた。仲間が彼女の臍の中で待っている。そのことを伝えなければならない。
 しかし、ちょうど、その時、ジャスミンの身体が、いきなり動きだしたのだった。

 動きからして、彼女が座る態勢になるようになろうとしている。上半身を持ち上げているのが分かった。 彼は、ヴェルベットの上を転がっていた。

「ジャスミン。だめだ!やめろ!やめてくれえ!!」
 絶叫していた。手遅れだろうか? ビルはヴェルヴェットの青い壁に四方を包囲されている。

 外界を見ることは不可能だった。しかし、彼には分かっていた。座る姿勢になるということは、腹部の筋肉が緊張するということだった。上半身が起き上がれば、臍の穴はきつく閉ざされる。彼は、息を飲んでいた。

 アルに生存の見込みはなかった。どうしようもなかった。
今では、主導権はジャスミンに移ったのだ。

 すぐに、彼女は青い箱を左の耳元に移動してくれていた。 ビルには、言わなければならないことがあった。
「ジャスミ〜ン!聞こえるか〜!?」

 軽いうなずき。彼にとっては、荒々しい振動。
「ああ。ジャスミン、ありがとう。もう駄目だと思った。でも、ジャスミン、まだ仲間がいる。君の臍の中だ!」

 ジャスミンが、パニックを起こしたようだった。急速に動いていた。間違いようがなかった。大地震が来集した。巨大な箱全体が、下降していた。

 ジャスミンが、右手の肘をついている。自分の臍の穴を開こうとしているのだ。 箱も、彼女の手の動きにつれて降下していた。上空に跳ね上げられるように移動した。

 箱の上の四角い空間に見えるのは、巨大な少女の一部分に過ぎなかった。横顔。左の耳。髪の毛。今のは、左の乳房。乳首。遥か彼方に、膝頭山脈の一部。 彼女が身体を静止させていた。箱も止まった。ヴェルベットの床の上で、彼の回転も停止していた……。

 ジャスミンが、青い箱を臍の脇に下ろしたのだ。静かに傾けてくれていた。 ビルは、青い壁を駈け下った。縁から外に飛び出した。臍の穴に駆け出していた。巨大な穴の中を覗き込んだ。

 何も見えなかった。誰もいない。 臍の周囲を探索してみた。すぐに立ち止まっていた。陰毛の森の方向に少しだけ下った所。血の滲んだ赤い挽肉の固まりがあった。すべてを物語っていた。

 たぶん、アルも臍の穴から、ジャスミンの顔に浮かんだ微笑を見ただろう。計画が成功したと安心しただろう。安堵したはずだ。臍の湖水の中で、ビルの帰還を待っていただろう。

 突然の変化が、彼を見舞った。 赤い固まりの中では、骨の存在さえ、もう完全に見分けが付かなかった。アルのために、黙祷した。

 恐怖と悔恨の場所から、ビルは一刻も早く立ち去ろうとしていた。 彼を驚かせたのは、青い箱がすぐ背後に立ちふさがっていたことである。彼の帰還を待ち構えていたようだった。もちろん、ジャスミンが、ビルの行動を逐一、見張っていてくれたのだろう。

 箱の青い壁を内部に登っていった。 箱の上空に、彼女の悲しそうな表情が覗いていた。事態を悟ったのだろう。

 箱が、また左の耳元に運搬されていった。まだ重要なことがあると推察したのだろう。ジャスミンは、昔から利発な少女だった。

「ジャスミン!」
 ビルは、喉が潰れそうになるまで、出るかぎりの大きな声で絶叫していた。
「まだ、仲間が三人いる!君の友達の注意を引こうとしている。一、二時間前。右足のビーチ=サンダルの近くに、いた。助けてくれ!お願いだ。説明は、後で、ゆっくりする……」

 もう一回、うなずきが箱を揺らした。空中のどこかから、青い蓋の部分が雄大に出現していた。彼女の顔の表情と投げキスが、もう何も心配はないからという、明確な信号を送ってくれていた。

「あとは、あたしに、まかせてちょうだい!」
 ジャスミンは、そう約束してくれているのだ。

 蓋が閉じた。ビルは、爆風に吹き飛ばされていた。轟音とともに、辺りは暗黒に閉ざされていた。

 移動の感覚があった、地下鉄が通過するような轟音。ファスナーが開かれたのか?バッグの中にでも、いれられたのだろう。

 ジャスミンの雷鳴のような声が、箱自体を振動させていった。

「ねえ、ルーシー。あたし、何だか喉が乾いちゃったわ。アイス・ティーか何かを持ってきてくれないかしら。あたしが、行っても良いんだけど、叔父さんの別荘のキッチンって、中がどうなっているのか、良く分からないのよ……」

 寝呆けたような声が答えた。
「……ううん……ああ、そうよね……。いいわ……、わたし、行ってくる……」

 ルーシーが遠ざかっていく。振動も弱まっていった。 ドアが、ガチャリと開く。またバタンと閉まる。そんな音が聞こえた。

 ビルの愛するジャスミンの可愛い声がした。
「みんな、良く聞いてね。これが最後のチャンスよ。ルーシーに、あなたたちの、存在を知られちゃ、絶対に駄目!彼女は、男にとっては名前の通り、悪魔ルシファーよ。なにしろ男って生き物が大嫌いなの。分かった瞬間。叩き潰されるか。踏み潰されるか。どっちかよ。だから、急いで隠れてちょうだい。

 あたしは、自分の口紅を、右足のミュールの脇に置くことにするわ。偶然に出ちゃったようにしておく。それに、よじ登ってちょうだい。たぶん、油脂の力で、自然に表面に張りついていられると思うの。後で。救助してあげる。そんなに、時間はないと思う。ルーシーが、あと一時間も、炎天下で身体を灼かれながら、我慢して寝ているとは思えない。そろそろ、帰ろうとするに違いないから!」

 箱が揺れた。ビルは、横に倒れこんでいた。ジャスミンが、バッグから口紅を取り出そうとしているのが分かった。


戦争ごっこ

4・乳首山頂 了


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