巨大美少女の夏休み


ポール・バニィヤン・作
笛地静恵・訳



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 ミッシーとデボラ・ジョーとぼくは、思い出せるかぎり昔から、ずっと親友だった。


 それは、世間でいう友情というものとは、ちょっと異なるものかもしれない。

 もともと彼女たちは、ぼくよりも二歳の年上だった。
二人が少女の時代には、ぼくはまだほんのガキにすぎなかった。

 子ども時代の二歳の違いというのは住む世界が異なるような、
大きな相違であることは、理解してもらえることと思う。

 ぼくたちは、中西部の湖畔にある小さな町で生まれた。 そこで大きくなった。
淡水漁業が産業の中心である町は、とても小さかった。
小学校さえなかった。 隣り町の学校まで、わざわざ通わなければならなかった。

 その年の夏休みには、ぼくはまだ小さすぎた。
家業である靴屋の仕事も手伝えなかった。

 ほとんどの時間を、泳ぎと使われていないボートの桟橋で遊ぶことで過ごしていた。
父のボートが係留されているこのドックで、あの事件が起こった。

 そこには、ミッシーとデボラ・ジョーの家族のボートも停泊していた。
家族ぐるみの付き合いをしていたのだった。

                                       
 ミッシーは、長身でほっそりとした体付きの美少女だった。
痩せてはいたが、日焼けして引き締まった、筋肉質の体格をしていた。
茶色の長い髪。茶色の瞳。しなやかな柳の木のような少女だった。

 デボラ・ジョーの方が、女性らしい丸みのある体型だった。
長い金髪に、碧い眼の持ち主だった。

 夏休みの間、毎日のように、二人はドックにタオルを敷いて、
ビキニの水着姿で、日光浴を楽しんでいた。

 ぼくも、海水パンツ一丁のかっこうだった。

 子供心には、二人は世界で最高の、美少女たちだった。
でも、ぼくはとても小さくて、おくてでもあった。

 どうして自分が、彼女たちにこれほどに引き付けられているのかさえ、分からなかった。

 時折、どちらか一人が、ぼくにサンタン・ローションを背中に塗ってくれるように頼むのだった。
二人で顔を見合わせて、何もかもを心得ているというような顔をして、
秘密の笑みを交わすのだった。

 ぼくは、彼女たちを喜ばせたくてならなかった。
子犬のように飛び跳ねていた。 夢中で光栄な仕事を、全力でこなすのだった。

 もう一度、ぼくの置かれていた情況を、思い出してもらいたい。
ぼくは、自分の微妙な感情を把握できる年齢に、ようやく差し掛ろうとしていたところだった。

 また、こう書くと、彼女たちが、ぼくにそのような些末な用事を、
毎回、言い付けていたように思うかもしれない。

 が、それは、実際には、ほんとうにときたまの、偶然の事に過ぎなかった。
ぼくたちは、ほんとうに最高の友達同志だった。

 しかし、ぼくは、彼女たちが、デートの時の体験や、新しいボーイフレンドの話を始めると、
胸のなかに悲しいような、奇妙に重苦しい感覚を覚えるのだった。

 反対に、彼女たちの一人が、特にミッシーの方が、ボーイフレンドと別れたのとか、
デートの相手に幻滅したのとか話しているときには、胸のつかえが下りたような、
さっぱりとした爽快な気分になるのだった。


 彼女たちとの間に起こった、もっともエロティックなエピソードは、
思いがけず起こったある事件が原因だった。

 懐かしい時代の、イノセンスに浸されている光景だ。
彼女たちにとっては、それはほんのジョークに過ぎなかったのだと思う。

 ぼくは、ドックの端に立っていた。
透明な水の美しさとその中を泳ぐ魚の動きに心を奪われていた。

 いつも、いたずらを仕掛けるのは、ミッシーの方だった。
彼女は、ぼくの背後に忍び寄っていた。背中を押していた。

 ドックから突き落としたのだった。 ぼくは、頭から水中に落ちていた。
透明な水面に浮かんで、立ち泳ぎをしていた。

 口から水を吐き出しながら、ぶつぶつと文句を言った。
彼女を捕まえようとドックに這い上がろうとしていた。 自分も声に出して笑っていた。

 両手で、ドックの木の板の端を掴んだ。
水の中から、身体を引き上げようとした。

 その時、二本の長い脚が、ぼくの視界に不意に出現した。
眼前に並んで聳えていた。 ぼくは、ミッシーの笑顔を見上げていた。

「ハッピー・ランディング!」

 彼女も、くすくす笑っていた。
それから、ぼくの顔面を素足の裏で、やさしく押すようにしたのだった。

 ぼくは、バランスを崩していた。
今度は、背中から水中に転げ落ちていた。

 その時、考えられたのは、たぶん落下している最中も、今、ぼくの顔面を打った
相手の白い足の裏への愛着と、エロティックな激しいショックだけだった。

 
眼前に、塔のように聳える、彼女の大きな姿を見上げていた。

 その神聖不可侵の美に打たれていた。
低い水面から、遥か高みの両脚を見上げていた。

 彼女の力に比べれば、自分の力など、まったく取るに足らないものだということに
気が付いたのだった。

 そのとき、ぼくの下半身を、それまでまったく知らなかった種類の、
名状しがたい感覚が、電気のように激しく、貫いていったのである。

 しばらくは、水の中を泳いでいなけばならない状態になっていた。
海水パンツの中に暖かいものが溢れていていた。
ぼくは、すごくとまどっていた。

 ぼくは、もう一度、上に登ろうとしていた。
指が、またドックの端を掴んでいた。

 今度は、デボラ・ジョーの方が、突然、ぼくの頭上に現われた。

「あら!あら!」

 彼女も、大声で笑っていた。

「まるで、おさかなさんが十匹、水の中から上がろうとして、ならんでいるみたいよ」

 ぼくの左手の小さな指を掴んでいた。一本ずつ引き剥がしていった。

「こぶたさんが一匹。 こぶたさんが二匹」

 五本の指全部を、外していった。 まったく同じことを右手にもしていった。
もちろん、彼女がそうしているうちに、左手で板を握りなおしていた。

 それから、彼女は、不意にまっすぐに立ち上がった。
両手を、サンダルを履いた足で、踏み付けて来たのである。

 手を傷つけようとして、全体重を掛けるはずもなかった。
しかし、それでもなお、彼女の足の重さは、指の骨にまで響くように、痛かった。

「けっこう根性があるのね。小さなおさかなさんは」

 彼女は、微笑していた。

(訳者注:「小さなおさかなさん」は、男子の未成熟な性器の隠語。)

 荘厳な姿を見上げていた。 ぼくの上に、やはり聳え立っていた。
今までで最大級の、信じられないような快感が、ぼくを貫いていった。

 その時は、海水パンツの中に、出ているものが何だか理解していた。
ねっとりとしていて、快感を伴っていた。 これがあれなのだと分かった。

 それから、デボラ・ジョーは、ぼくの指の上から片足ずつ下りていった。
彼女は、ぼくの指の置かれているすぐ近くの場所の板を、
遊ぶ半分にずしんずしんと踏み付けていた。 くすくすと笑っていた。

 ぼくにも、意味していることが分かった。
もし望むならば、ぼくの指の骨を、簡単に踏み潰すことができると、言っているのだ。

 本当に、そんなことを、するはずがなかったけれども。
ぼくたち二人とも、そんなことはよく分かっていた。

 しかし、彼女は、ぼくのことを一日中、この場所に釘付けにしておきたいように見えた。
ぼくも、このままの状態で一日を過ごしても、別に問題はなかった。

 しかし、ぼくの腕力がそれを許さなかった。
疲れ切って、水の中に落下していった。

 ミッシーとデボラ・ジョーは、一日中、ぼくを水の中に留めておいた。
しかし、とうとう彼女たちは、ドックの上に引っ張り上げてくれた。

 ぼくは、疲れ切っていた。
助けてもらわなければ、板の上に這い上がる力もなかった。

 下半身に力が入らなかった。
板の上に横たわって、息を喘がせていた。

 ミッシーが不意にこう言ったのだ。

「また明日ね。 小さなおさかなさん!」

 彼女たちは、それぞれの家族の船の方に歩いて行きながら、
顔を見合わせて、あの意味ありげな笑みを交わしていた。

 ぼくは、それを見逃さなかった。
二人とも、明確に一つの事実に気が付いていた。 ぼくも、同様だった。

 ぼくは、自分が望むときにいつでも、このゲームを終わらせることができたのだ。
ドックを回り込むようにして湖水の岸辺に泳いで行き、そこから上がれば、すむことだったのだ。

 それで、水からでられたのだ。 もし、そう望みさえすればだ!

 自分の意志であの場所に止まり、彼女たちに、ドックから水中に何度も落とさせたのである。
遊び半分で、両手を踏ませたのだった。 足で顔面までを踏ませたのだった。

 卑屈に振る舞い、彼女たちの力に屈伏したふりをしてみせたのだ。
彼女たちが望むことは、何でもしただろう。

 彼女たちの足元という、あの奇妙な魅惑のある場所に、
踏み止まる認可を得るためには、ぼくは何でもしたのだ。

 ただ、頭上に聳える、あの優美で荘重な姿を礼拝していたいために。                         

 その時のぼくは、全地球を揺るがすような出来事が、
その翌日に迫っていたことなど知る由もなかった。

 あれはたしかに、その次の日だったのだ。

 キャロル・ハイスラー博士とその仲間たちが、全世界の全女性の体格を、
それまでの身長の二倍に巨大化する薬品を、無償で公開したのだった!

 このように片田舎の小さな町にいると、薬品が到着するまで、なお数日間を要した。
ミッシーとデボラ・ジョーとぼくは、それぞれの家族のボートの中のテレビで、
このニュースを見たのだった。

 首都ワシントンと他のいくつかの大都市で開催された、イベントの中継を見た。
ホワイトハウスの前の事件を見た後で、ぼくたちはテレビを消してドックに出ていった。

 首都や、他の大都市の信じられないような大混乱を見たすぐ後で、
静かで平和なドックに座っているのは、何かひどく奇妙な感じだった。

 人口数百人の小さな町は、深い森林に 囲まれていた。
あれは、テレビのなかだけの魔法のショーのようなもので、
この小さな町には何の関係もないことのように思えた。

 実際には、存在していないドラマのようにさえ思えた。

「あれは、ほんとうだと思う?」

 デボラ・ジョーが尋ねた。

「わからないわ」

 ミッシーは、そう言った。

「でも。もしあれがほんとうだったら、すてきなことだと思わない?
あの科学者たちの話によれば、身長が二倍になるということは、
体重は八倍になるということなんでしょ? 生物学者は、彼女に反対してたけれど。
ハイスラー博士によれば、力も八倍になるって言うんでしょ?
ねえ、わたしたちが、そんなふうになるのを、みたくないかしら? デイブ」 

「ああ、神様。 見てみたいよ」

 ぼくは、興奮してそう叫んでいた。
それから、自分が何を言ったかに気が付いた。
ぼくは、どもりながら付け加えた。

「ぼくが、言ってるのは、ああ、そのう。
なんだか、すごくおもしろそうだってことなんだ。 分かるだろ?」

「ええ、あんたの言っていること分かるわ。そうよね、デボラ・ジョー?」

 ミッシーは、声に出して笑っていた。                 

「そうよね」

 デボラ・ジョーは、からかうように言った。

「あなたも、私たちといっしょに、水の中に飛び込めばいいのよ。
デイビー。 そうすれば、あなたのことを、わざわざ突き飛ばす必要もないもの!」

(訳者注:「水に飛び込む」は、「セックスをする」の隠語の一つ。)

 ぼくは、自分が耳まで真っ赤に染まるのが分かった。
でも、どうすることも出来なかった。

 ぼくは、ほんとうに彼女たちの一人が、今すぐに「湖に飛び込め!」と
命令してくれないかと、考えていたのだ。

 もし、そうしてくれさえすれば、すぐにそうしていただろう。
自分が体験している、この優しい拷問のような中途半端な時間の中で、
他の男の子たちを襲っている思春期の肉の苦悩が、
自分の内部にも始まっていることを、明確に意識していた。                       

 ミッシーは、デボラのからかいのことばに、
ぼくが覚えた屈辱感を敏感に察知してくれていた。

 話題を変えてくれた。彼女は、会話の方向を、真剣な議論へと向けていった。
今、何が起こっていて、未来には、どんな難題が待ち受けているのかというような予測だった。

 その時から、多くの歳月が流れた。
この文章の読者の大多数の方々が、彼女の有名な手紙を読まれたはずである。
その多くの話題が、すでにこの時の話に含まれていたことは、驚くべきことではないだろうか。

 数日後、ぼくたちはドックに座っていた。
その時、ぼくたち誰にとっても信じられないような光景が、視野に入ってきたのである。

 数人の女性たちが車を運転して、あの薬をこの孤立した地域の小さな町へも運んで来たのである。

 彼女達は、車を湖畔の空き地に停車させた。
通常の身長の二倍の大きさに変身した。

 巨大な白衣の看護婦の服装だった。
何人かが、薬の準備を始めていた。
それを希望する女性には、誰にでも無料で、提供するためにである。

「さてと」

 ミッシーは、そう言った。

「私は、こう理解しているわ。
その注射を一回受けておけば、効果は半永久的なものである。
私たちは、望むときには、いつでも身体を巨大化できる。
望むときには、いつでも元の大きさに戻れる。
薬が最初に効果を発揮する迄には、一時間が必要である。
試してみるべきじゃないかしら?」

「そうよ。 時が来たのよ」

 デボラ・ジョーが言った。

「さあ、注射をしにいきましょ! あなたも来たいでしょ。 デイヴィー?」

「うん!」

 ぼくは、興奮してそう叫んでいた。
まるで酔っ払いのようにふらふらと、彼女たちのあとを、付いていった。

 ぼくは、ミッシーとデボラ・ジョーが注射を受けている間、魅せられたようになっていた。
緑の森の木々を背景に、それが道端の草木であるかのように聳えるように立つ、
純白の巨大な看護婦達の姿を眺めていた。            

 一時間後。

 ぼくたちは、ドックに戻っていた。

 ミッシーは、言った。

「ほら。始まったわ」

 彼女は、ぼくから数歩あとずさるようにした。


 
巨大化を始めた。


 ビキニ・トップの背中の金具が、弾け飛んだ。
ゆっくりと、大きくなっていった。

 プロポーションは、以前として同じままだった。
ただサイズだけが、目に見えて変化していった。

 スローガンは、こういっていた。 『サイズだけが、問題なのです。』と。

 ミッシーは、いつも柳のようにしなやかな少女だった。
彼女は、今でも柳の妖精だった。

 けれども、柳の木の高さが、今では、3メートル60センチになっているという事実だけが変化していた。

 もし、読者が長くしなやかで、ひきしまった少女の脚に、興味をもたれる男性であったとしたら。
もし、心臓の健康に自信がもてなかったとしたら。

 あの光景を、決して見るべきではないと、ご忠告申し上げよう。
試練を生き延びる見込みは、ほとんどないからである。

 素晴らしい見物だった。
今でも、ぼくは、あのような美しい脚を、それまで地球上で目撃したものは誰もいないと、断言する。

 地球上で、ミッシーだけが持っているものなのだから。
自分個人の意見に過ぎないことは、よく分かっている。

 いくらかの偏見も、交ざっていることだろう。
なぜなら、ぼくは彼女を愛しているからである。

 彼女の両脚は、以前から、もっとも細くて、しなやかで、素晴らしいものだった。
この世界にかつて存在し、これから生まれ来るであろう、
どのような生きものの中でも、もっとも素晴らしい足である。

 巨大化は、最高のものに、さらに、それ以上のものを、付加していったのだった。
愛と尊敬が、ぼくに彼女の外見をこのように最高のことばで、表現させるのである。

 ここで、これ以上彼女の美を称賛しようとしても、ぼくの言葉のついに及ぶところではない。
そこには、エロティックな欲望が含まれていることも、正直に認めよう。

 しかし、それ以上にぼくが感じているのは、愛と崇敬なのだ。
ほんとうに、一人の女性を愛したことのある男性ならば、
ぼくの話していることに共感していただけるに違いない。
 もし、このように感じたことがないとしたら、お気の毒なことである。

 ミッシーが巨大化を完了した時には、ぼくの頭のてっぺんでも、
彼女のお尻の高さにさえ届かないぐらいだった。

 ビキニのボトムが腰骨に沿って、左右に限界まで伸び切っていた。
かろうじて秘部を隠していたが、長円型の茶色い陰毛までは、覆いきれなかった。

「私の番ね」

 デボラ・ジョーが笑っていた。 彼女も、巨大化を開始していた。

 ぼくは、それにももちろん関心はあった。
しかし、ミッシーから目を逸らしたくなかった。

 いや、出来なかった。デボラ・ジョーは、ビキニのトップを脱ぎ捨てた。そして、ぼくに手渡した。

「これを、持っていてくれないかしら。 赤ちゃん?」

 ぼくは、片手を差し出した。
彼女が、手の上にそれを置いた。 体温で暖かかった。

 その間も、ぼくの視線は、ミッシーから離れることはなかった。
この時に、はっきりと納得したことがある。

 デボラ・ジョーは、まったく美しい少女だった。
まもなく、成熟した豪奢な女に、なることだろう。

 彼女は、今日でもぼくの心のなかに、ミッシーの次に、その席をしめている。
公平に見て、ほとんどの男性諸君は、彼女の方をミッシーよりも
魅力的であると評価されるのではないだろうか。

 ぼくは、彼女の息を呑むような美に打たれながらも、
ミッシーに投票をせざるをえないのである。

 始めは、見さえしなかった。
実際には、見ないわけにはいかなくなったが。

 なぜなら、ドックのぼくの正面の位置に、聳え立っていたからである。
しかし、ぼくの心は、ミッシーとともにあった。

 とうとう彼女たち二人は、ぼくの注意をすっかり引き付けていた。 

「ねえ、どう思うかしら」

 ミッシーが言った。

「ことばでなんて、言えないよ」

 ぼくは、喉を詰まらせていた。
その時、自分でも驚いたことに、涙が頬を、文字通りに伝わって流れ下っていた。


 愛する人の、予想を超えた美に打たれていたのだ。

 圧倒されるような印象があった。


 ミッシーの片手を取った。
それは、ちょうどぼくの顔の高さにあったから。

 掌にキスをした。
優にぼくの頭部全体を、すっぽりと覆い隠す大きさがあった。

 その行為に、自分の愛と帰依の思いのすべてを、こめようとしたのだった。
彼女は、ぼくを両手に抱きしめてくれた。

 顔の高さにまで、軽々と持ち上げてくれた。

 ぼくの唇に、
キスしてくれた。

 そのとき、今までに感じたすべての苦痛が、雲散霧消していった。
ほんとうに跡形もなかった。なんの心配もなかった。


 何の不安もなかった。
なんの悲しみもなかった!

 ただキスだけがあった。
全世界が含まれていた。


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 あの時から、すでに多くの歳月が経過した。
ミッシーは、ぼくたちの新しい世界を、どのようにして正しい軌道に乗せるかを導いていく、
指導的な政治科学者の一人になった。

 しかし、彼女の聳え立つような姿を見上げるときや、夜にベッドをともにするとき、
キスをし、抱き合い、愛し合う時にはいつも、ぼくは、あの最初の日に感じた一体感を、
時を越えて、まったく同一に感じることができるのである。

 だれかが、それぞれのキスは、いつでも新鮮なものだといっていた。

 それは、ぼくにとっても真実である。

 なぜなら、どのキスも、ぼくをあの最初のキスの日に、呼び戻してくれるからだ。

 それらは、すべて同じキスなのである。 時と空間の限界を越えて。
ぼくたちが、年老いたとしても、それはたいしたことではない。

 キスをすれば、あの名状しがたい感情の洪水に飲み込まれている、無力な少年の時に帰るのである。

 ぼくにとっては、ミッシーは、いつまでも柳のようにしなやかな少女である。
愛らしい瞳と、いたわるような笑みを持っている。


 遠い昔の、中西部の小さな町のドックにいた、
無価値な一人の少年に、無限の勇気と慰めを与えてくれるのである。












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(終わり)




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