警告と棄権:この物語は、生々しい暴力シーンやセックスシーンを含んでいます。
もしあなたが、過激な暴力やサディズムの描写を不快に思うのであれば、
これ以上読まないことをお勧めします。これは警告です。

著作権について:この物語は、営利目的に販売したり、内容を改ざんしない限り、
自由に配布や保管をして構いません。しかし、「必ず」以下の著作権の情報と
上記の警告と棄権を表明する文を付けて下さい。
※この作品に関する著作権は原作者 ザ ポイズン ベン 氏に由来する。


 ― リ ズ ― 〜地獄を秘める復讐の女神〜
         
   ( PART U ) 前編

ザ ポイズン ペン 著
1997

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   いまや公園でのお遊びは終わった。
だが、彼女はまだオモチャで遊びたいのだ。
    学校は早く終わった。僕たちはまもなく学ぶだろう。
            “いかに死ぬか”ついて。


ボブ・ゲルドフ 『月曜日は嫌いだ』




リズは眠れずにベッドに横たわっていた。

天井をじっと見つめていた。

リズが見ていたのは、心に閃くイメージだけだった。

独りで暗闇の中にいると、頭の中に蔓延る暗黒面の自分が、怒り狂い、
やがて不可解な台詞を言い放ち笑っているのを感じた。

正気ではないと解っていたが、そのことに気付いても、
期待するほど大きな感情はこみ上げては来なかった。

澄んだ静寂の中、

リズは耳の奥で、

血潮が流れる音と消化器官が稼動する、“ゴボゴボ”という音を聞いていた。

数百もの粉々に粉砕された大量の人々の体から作られた血の気を失った肉の塊が、
腸の中をまるでヘビのようにジワジワと進み、

今、まさに自分に吸収されている現実を、彼女は想像した。

かつての親友”アシュレイ”であったものの骨格の残りや残骸が、
消化器官の中をゆっくりとねじり回転しながら、
彼女の要望通り消化している状況を思い描いた。

リズの心は、彼女がとった恐るべき行動から逃れようとしていたが、それは不可能だった。

現実という眩しい光から逃げようと、駆け巡る思考を暗闇の中に沈めようとする度に、
囃し立てる十代の若者達の一団に出会うのだった。


「レズのリズ! レズのリズ!」

と彼らは嘲った。

彼らは真実から目を背け、人を馬鹿にして笑う卑劣な喜びに顔をゆがめていた。

リズはうめくと、手の平を目に押し当てた。

目の前に広がった明るい赤と青のまだら模様は、
一時的に彼女の心から嫌なイメージを消してくれた。

しかし、束の間の休息のおかげで、彼女の心の中には、
次第に常軌を逸した恐ろしい考えが脹らんで行った。


夕方のニュースでは、忽然と消失した
研究所ビルについての緊急報道で大変な騒ぎになっていた。

レポーターによると、1,853人のもの人々が、建物に沿った狭い空間の中に、
何か超科学的な極閃光と共に消滅したという事だった。

勿論リズは、かつてオフィスタワーが建っていたところに出来た泥地に
目を丸くしながら立っているレポーター達は、何も知らないと知っていた。

ビルの残骸は、粉々の瓦礫となって、ここの地下室にあるのだから。

リズの両親を含む殆どの人達は、リズの手の中にある模型となったのだ。

”ある者は栄養満点のすり身となって、リズの消化管をくねりつつ下っているのである。”

”そしてまたある者は、リズの愛液に溺れ、

あるいは激しい性の欲望による筋肉の痙攣に押し潰され、

じっとり濡れた子宮の中で息絶え、暗闇を見つめていた。”

そして、名前もわからぬ大勢が、この地下室で、

粉々に崩れた研究所の残骸の中に、投げ出されているのであった。


この大パニックと興奮に興じて、コンビニエンスストアが一時的に消滅した事は、
殆んど注目される事はなかった。

目撃者によれば、それは一瞬ぱっと光を放ち、ただ消滅してしまった。

そして、1時間もしないうちに、また同じ場所に姿を現した。

不幸にもコンビニエンスストアが再出現した場所に偶々立っていた数人は
あたかも列車にでも跳ねられた位に、血を噴き上げ骨も突き出て、
無残に通りの真ん中に飛び散らばっていた。

人々はこの奇怪な出来事を研究所の消滅に関連付けており、
レポーター達は何かの秘密実験が失敗したに違いないと推測した。

忌まわしい過去の実験に迄も言及された。

不思議にもリズは、自分が一時的に盗んだコンビニエンスストアが期せずして
戻って来た事を面白がっていた。

専門家が、屋根が引きちぎられ、人々が消えている事を発見するのを想像した。
彼らはどう判断するであろうか?

リズは、リビングに座って報じられている報道に耳を傾けていると、
自分以外誰も何が起きたか知りえないのだという思いに、
強大な
“力“を感じた。


リズは、ヒリヒリするほどに性器を擦り、
弱いが絶えることの無い性の欲求を満足させていた。

覚醒している間でも、疑問や良心の呵責は起こらなかった。

ただ今だけ、ベッドに横になって、

隣の両親のベッドルームが空室のままであることを意識させられていると、

ボロボロの良心と、

復讐心と、

そしてパワーの間で心が揺れ、苦しくなるのだった。


リズは急にベッドから起き上がった。心臓が激しく鼓動していた。
耳の中ではまだあの汚い言葉がこだましていた。

『う〜ん、寿司に似てるかな、リズ?』

それは3日前、クラスメイトの女子のひとりが
自分の股間をつかむ卑猥なしぐさをしながら、リズの唇を舐めて言った言葉だった。

一瞬、その声はまさに部屋の中で聞こえた様な気がした。

しかし、リズは自分がうたた寝をしていて、
その声は自分自身で呼び起こしたものだと気が付いた。

恥ずかしさのせいでリズの頬は真っ赤になった。
リズは深紅色が色褪せるのを感じるまで手で顔を隠していた。

サマンサ。金持ちで、生徒に人気があるサマンサ。

魅力的な教師サマンサは、長くて上品な足が高価なスカートから剥き出しで、
リズは授業中でも本の陰からよくじっと見つめていた。

誰がそれを言ったかリズは思い出した。近くにいる人達は笑った。

リズが知らない人さえも笑った。
リズは向きを変えると、嘲笑の波が寄せるその場から立ち去った。

その笑いにまるで打ちのめされるようだったが、リズは顔の表情を変えなかった。
彼女は、頬を流れ落ちる涙を見せるものかと、懸命に堪えていたのであった。

「最低。」
と、暗がりに向かってリズは言った。

「最低。最低、最低、最低!」

その時思い出された無力感は、殆んどはっきりしていた。
リズが欲しかった力と支配と並べてみると、更にそう思えた。

1人として、リズの味方はしなかった。
生徒も先生も用務員さえも一人としてリズに優しい声を掛けようとはしなかった。

激しい怒りは、リズの胸中で地獄のように燃え滾った。

”彼らに思い知らせてやる。”

『全員を!私の目の前で、自分を弱く、無力感に絶望的な思いをさせて、

自分自身さえ守る事すら出来ない思いを体験させてやるわ。

彼らを無力さと心底の恐怖で、泣き叫ばせてやる。

そして彼らが私をあざ笑った時の様に、私は彼らをあざ笑ってやるわ。

無論、全ての笑いの中で、私の最高の笑いにしてやるわ。』


リズはやり残した用事の為にベッドから出た。
キッチンのクロゼットから、父親のハンディー掃除機を取り出して地下室に行った。

リズは親指で押すと、その機械のレシーバーの上に少しあった破片は掃除機に吸われた。

一晩中瓦礫の中で呻き、死にかけていた何人かは、
掃除機によって吸い込まれ、空気の音でついに静かにさせられた。

コンピューターがその起動をしている間、
リズは電話帳を取り出して指でなぞると、ある名前で止まった。

それから、特定の通りと場所が分かるまで、住所氏名録で探した。
リズはコンピューターのそばで慎重にチェックリストに目を通し始めた。

もう少しで朝だったが、まだ十分な時間があることは知っていた。

学校に行く時間迄には全ての準備は終わる。


**************


最初に学校に到着した学生はリズが奇妙な風貌で学校の方へ向かっており、
しかもだんだん歩みが遅くなっているのを見かけて、心配になった。

「リズ、どうしたんだい?」

リズは立ち止まると螺旋とじのノートをちらりと見て、そして取り乱したように視線を上げた。
彼女は“クライグ シャーウッド”という名前を頭の中のリストに加え、再び歩く速度を速めた。

「学校の敷地で長い辺の距離は1,4 〜1,3 km か・・・」リズはぼそっと呟いた。

「よし、問題ないわね。」

クライグは一瞬当惑の表情を浮かべて眉をしかめたが、
やがて友達の方へ向き直ると、とっとと行ってしまった。

友達も笑みを返し、リズにはお構いなしで彼らは一緒に学校の中へ入って行った。

校舎に入ると、リズは教室へ向かう途中で多くの視線が自分に向けられているのを感じた。

女の子たちの殆んどは嫌悪の視線を浴びせ、
一方男の子たちは、妖艶なレズビアンの世界を妄想しているかのように
ニヤニヤ笑いながら見ていた。

リズに話し掛ける者など全くなく、彼女も名前を記憶する以外は殆んど彼らを無視した。
リズの風貌を見てとても驚いている者もいた。

教室は、アシュレイの奇妙な失踪の話題でもちきりだった。

関連する政府系秘密機関からUFOに至るまで、ありとあらゆる憶測が飛び交っていた。

無理もない。

まさに今回のようなサディスト的な欲望のために、
よもや、彼女は既に食べられてしまっているのだとは誰も考える事は無かった。

”皆は最新のニュースを見ていないのだろうな”とリズは考えた。

まあ、どうせ間もなく彼らも身を持って知る事になるだろう。

彼女は自己満足と優越感に浸りながら、再びクラスメイトたちの様子を他人事のように見詰めた。
彼女は、弁当についたしわしわの茶色い紙切れを指で軽く弾いた。

”すぐに借りは返す。”

”そう、すぐに。”

リズは村八分にされるかの如く他の生徒達との距離が広がっていくのを感じた。

人間以下、ろくに注目するにもあたいしないものを見るかの様な、冷たい視線であった。

ある机のまわりに何人かの人だかりが出来ていた。
これは別段変わった事でも無かった。

その中心となっていたのは、長い脚と赤毛のサマンサ先生で、
彼女の言葉は常に知性に溢れ、多くの生徒を魅了していた。

いつもと違ったのは、リズが自分の机から立ち、自ら話の輪の中へ入ってきた事だった。

十代の若者の鋭敏な感覚で異様な雰囲気を察したのか、リズが近付くと皆は静かになった。

「あーら、リズ。」
サマンサは冷ややかに言いました。

「最近、変なものでも食べた?その口閉じなさいよ、
ついさっきの獲物の臭いがぷんぷんするわよ。」

数人の女の子がくすくす笑った。
リズはサマンサの冗談の意味を理解するまでの数秒、パニックと混乱に陥って頬が赤くなった。

サマンサは不快な冷笑を残して立ち去った。
取り巻きの少女達も去った。

リズは激怒し、拳を握り締めた。
彼女は敵を嘲ろうと思ってきたのに、逆に帰り討ちの屈辱を味わう破目になった。
リズは自分の席にこっそり戻りながら呟いた。

「ええそうよ、このクソッタレ。実際にね・・・。」


**************


ベルが鳴り、生徒たちは最初の授業の英語の教室から出て行きた。

マシスン先生は留守だったので、代わりに、どうにか授業で読んでいた
『オルランド・フリオーソ』の楽句の単一篇だけをカバーした。

リズがひどく困惑した事に、全体の篇のうち同性愛に関するところが、薄く隠されていた。

皆は彼女を見ながら、くすくす笑い続けている。

とても驚いたことにその先生は、その性交に達した人にとてもよく似ている退屈な剥げた、
シェークスピアによる独特の四行詩の登場人物の様であった。

授業の後に、生徒達は、群衆の中で愛想よく押し合いながら、
次の授業のために廊下を縦列で進んでいた。

数回、リズは胸や尻を手探りされるのを感じた。
しかし、生徒の混雑の中で犯人を見付けることは困難であった。

彼女の中で激しい怒り増大した。

「リズ! ねえリズ!」

リズは危うくその声と合図する腕を無視するところであった。
しかし、彼女は呼んでいる少女の顔をちらりと見た。

ねじれた髪の毛をした色黒の細身の上級生で、リズの知らない生徒であった。
少女の表情は冷酷で、口を固く閉じている。

好奇心をそそられて、リズの案内で少女が入った教室に続いてリズも入って行った。

教室は、少女を除けば無人である。

彼女は机の上に座って
「戸を閉めて。」と言った。

「授業に遅れるわ。」リズは本とランチバッグを抱きしめながら言った。

少女は立ち上がってドアに向かって歩き、顔を外にやり、
廊下には学生が殆んどいない事を確認すると、彼女は戸を閉めた。

「やっと話せる様になったわね私達。リズ、これはとても大切な事なのよ。座って。」

リズはうたぐるように少女を見詰めた。
そして空いている机に座った。

授業に遅れる事がすぐに問題になるという訳では無い様である。

「私の名前はロニー。」
少女は髪の毛のねじれを引っ張りながら言った。

リズが思うに、それは神経質な癖であった。

「始めに言っとくけど、今から言う話を誰かに喋ったら、私はあなたの事を
嘘つきと言うわ。誰もあなたを信じなくなる。わかったわね?」

リズは目を狭めて頷く。

「いいわ。」
ロニーは、少し落ち着いた様に見えた。

「あの金髪のくそ女に日記を取られてしまったのは、まずかったわね。
あなた、彼女がいなくなった事をあまり悲しんでない様だけど・・・。」

リズは何も言わなかった。

ロニーは適当な言葉を捜したが、見つからずに顔をしかめた。

「いい?あなたは自分がこの学校でただ一人のレズビアンだと思ってるでしょう?
誰もが歪んだ部分を持ってるわ。
私達のうちの何人かが、どこで尻尾を出すか書き留める事より利口よ。
ただそれだけ。私の言ってることがわかる?」

リズは、驚いて数回まばたきした。
ロニーが言った事を理解するのに数秒かかった。

「あなた....?」

「ええ、私。そして他の娘達も。」
ロニーは言った。

「あなた、自分のやったことがわかってる?
“リズ=レズ”
という戯言が広まってなくても、十分に大変な事なの。

この学校には理解があるわけなんて無いから、
あたしたちは人を避けて、目に付かないようにしてなくちゃ。
みんな学校の外でデートしているんだから。」

こんなことはみんな、リズにとってはまるで思いがけないことだった。
リズは、外の世界には自分と同じような人たちがいるのは、頭の中ではわかっていた。

でも一番肝心な心の中では、そんな考えをまるで信じる事が出来なかった。

「知らなかったのよ、あたし…」

「考えた事も無かったんでしょ。まったく。」
ロニーは吐き捨てるように言った。

「いいわ、よく聞いて。
あたしはあんなレズ集団に加担するつもりはないし、あんたの手だって握らない。
でも、それってつらいわよね。
あんたが煮詰まっちゃって頭がおかしくなりそうになったら、合図をちょうだい。
どっかへ行って話しをしましょ。
いつかこんなのが全部落ち着いたら、みんなにあんたを紹介するわ。
でも今はさ、問題を起こしたりしたら、
あんた、めちゃくちゃ怒ってるレズの皆にこてんぱんにされちゃうからさー。」
 
リズの表情が次第に残酷になり、その目は怒りに満ちて細く険しくなった。

「これから、この辺りであたしがどんなふうに思われてるかなんてもう、
心配する必要なんては無くなるわ。
今からあたしが言うこと、しっかり聞いてね。
あなたが信用してる人みんなに言うのよ。“お昼には家に帰る”のよ。
何があっても絶対戻ってくるんじゃないって。」

ロニーは眉を顰めた。

「あんた、いったい何の事言ってんの?」

『命が大事なら、ランチには家へ帰るの。』

リズは言った。 冷たい声だった。

「午後になっても戻って来ない様に。しっかり警告したわよ。
あなたったら、あの人達にあたしを病気持ちみたいに扱わせたけど、
でも、まあ、これぐらいの借りはあると思うわ。
“お昼には家に帰る”。わかったわね?」

ロニーは何か言いたげだったが、リズは立ち上がり、
教科書とランチバッグを掴むと教室を出て行ってしまった。

リズの目は冷ややかで、ロニーはぞっと身震いした。

『あの娘、少し具合が悪かったのかも』とロニーは思った。

「やっぱ、今日の午後はあの娘の方が家に帰るのが正解よね……。」
 
リズにとって午前中はあっという間に過ぎた。
とうとう昼のベルが鳴った時も、リズにはまるで緊張はなかった。

一日中、これを計画していたのだ。


**********************


食堂は、いつもの様に、沢山の生徒達でひどく混雑している。
体育館がすっぽり入るほどの場所に、

何百人という十代の若者達が互いに寿司詰め状態で座っており、
喋ったり、笑ったりしながら食事を楽しんでいる。

リズが入ると数人が振り返ったが、それほど沢山ではなかった。
リズは食堂をざっと見渡し、一つのテーブルを見据えると、肩で人ごみを分けながら進んだ。

「あら、誰か来たわよ」
リズが同じテーブルに着くと、サマンサが言った。

何人かが頭をめぐらしてそっちを見た。

「レズのリズよ。あたしを口説きにきたのかしら?」
 
リズはサマンサの言葉を無視して、紙のランチバッグから小さなタッパー、
それからサンドイッチとリンゴを取り出した。

リズが何の反応も示さないのを見ると、サマンサはつんとそっぽを向いた。
取り巻きの男たちもすぐに、リズに対する興味を無くした。

リズは人が見ていない隙に、隣の女の子からケチャップのパックをくすねた。

その子はチアリーディングのチームにいたような覚えがある。
キャロリンとかいう娘だ。

包みを歯で開けると、リズは中味をテーブルの上に絞り出し、
赤い液体で小さな水溜まりを作った。

次いで、冷酷な目付きでテーブルを見回すと、
プラスチックのボールの蓋を剥がし、中味を自分の前に開けた。


*************************


”地震だ!”

乱暴に眠りから揺り起こされ、とっさにミリセント・マセソンはそう思った。

二階建ての小さな家がもう一度揺れ、木の構造材が力に耐えかねて音を立ててきしんだ。
壁や天井のしっくいにひびが入った。

「双子達が!」

とミリーは叫び、ベッドから飛び起きた。ぐっすり眠っていたロジャーは、ベッド
でまだ寝惚けており、まばたきをしながら頭をはっきりさせようとしていた。

コーリーとエミリーの二人は自分達の部屋で、まるで夜中に悪夢を見て、
うなされている様な声で「ママー! 」と叫んでいた。

家が突然揺れ、屋根全体が家から剥がれ、しっくいと木の破片が降ってきて、
ミリーは床に投げ出された。

「どうしましょう、竜巻だわ、」
とミリーは思い、床に倒れたまま腕で頭をかばった。

双子達が、双子達の所まで行かなくっちゃ、二つの思いが頭の中をマントラのよ
うに繰り返し駆け巡った。それからすぐに、ミリーは揺れが止まった事に気がついた。

頭上から目もくらむような光が影一つ作らず、部屋に降り注いでいた。

「いったい全体何だったんだ?」
とロジャーが言った。

ミリーは振り返り、ロジャーがベッドの端から足をぐるっと降ろし、手をかざして光から目を守り、
空であるはずの頭上を凝視する様子を見た。

ロジャーは蒼白になった。

「信じられない、何てこった!」
と叫んだ。

ミリーは上を見て、気分が悪くなった。

あり得ない程に巨大な顔が自分達を覗き込んでいると気付く暇もないぐらいに速く、
ミリーの背丈の倍以上もある
が部屋内に進入して来て、ミリーを床から掬い上げた。

それからの数秒間は、全てが動いて混沌としていて、双子が怖くて泣き叫んで
いる事以外は何が起こっているのか分からなかった。

何とか世界に秩序らしきものが戻ってきた時、
ミリーは双子と夫と共に折り重なって、
巨大な掌の窪みの中としか考えられない所に半分横たわっていた。

巨大な手が熱を発生していて、ミリーは汗をぐっしょりかいた。
家族はお互いに抱き合って、ロジャーは双子の気を静めようとした。

動くのが感じられた。

ミリーは木のように頭上に弧を描いている指の間から上を見て、
巨人が階段を登っている状況が理解出来た。

『これは現実のはずがないわ、』と思った。

『夢だわ。夢に違いないわ。』

その時、ショックのように突然、
ミリーは自分たちを捕らえている巨人の顔に見覚えがあることに気付いた。

どう見ても疑いの余地も無く、ミリーが教えている英語のクラスの女生徒の一人である
”エリザベス”その子であった。

旅は終わりに近着いていた。 ミリ−は、空間を落ちていくのが判った。そして、
気を失う程の勢いで、硬く冷たい表面に叩きつけられた。 ロジャーは、ドスン
という音と伴にミリ−の側に落ち、双子が彼の上に落ちた。
再び息を吹き返すまで、ミリ−は何も考える事が出来なかった。 
ゆっくりと立ち上がると、自分が、丸く囲まれたガラスの壁と直径9メートル程のガラスで出来た床

の部屋にいる事に気が付いた。 
ドアもなく滑らかなその壁の上には、水平な仕切りが覆っていた。 
その部屋は、赤と白のチェックの平原の上にあった。 見える物全てがおかしか
った。そして、ミリ−は自分の間違いに気が付いた。 

遠くの方で、部屋着を着てせわしく動きまわっている少女

”エリザベスが巨大化”したのではなく、家ごとミリ−自身、家族が縮んでしまったのだ。 

この事に気が付くと、全ての事に納得がいった。 

ミリ−達は、施設の整ったキッチンにあるテーブルの真中に置いてある空のガラスの水差しの底に閉

じ込められたのだ。 

現在のミリ−の身長は僅か5センチにも満たなかった。

「ミリ−、」 ロジャーがうめいた。 

「これからどうしよう?」 双子を抱き寄せて言った。

ミリ−は寝巻きを、双子はパジャマを着ていたが、ロジャーは下着だけで寒そうだった。

ミリ−がロジャーの質問に答える前に、今まで何かしていたさっきの少女エリザ
ベスが水差しの所に戻って来て、脇からこの小さな家族を睨み付けた。

 その目には、間違いなく敵意があり、ミリ−は震えた。

「先生は、あの子達のやりたい放題させて見て見ぬ振りをしてましたよね。」 
と巨大な少女は言った。 

その目はミリーを居ぬく様に睨み、

「どうでもよかったんでしょ。面白かったですか? 
先生、わたしは変人だからあんな事をされてもしょうがないと思ってたんですよね。」

「何の事だか解らないわ。」 ミリ−は叫んだ。 

日記については、あいまいな記憶しかなかった。 
自分の生徒達の噂話は、あまり気にとめていなかったが、
ミリ−は思い出そうとして一生懸命に考えた。

「知っているはずよ。」

とエリザベスは言いながら顔が赤らみ、手を握り締めた。 
ミリ−は、パニックが胸元を締め付けるのを感じた。 

自分の大切な家族がこの少女の気持ちひとつでどうにでもされると思うと、
今、彼女の気持ちを逆撫でするわけにはいかないと考えた。 

「ごめんなさい、ごめんなさい。」

ミリ−は、エリザベスの目から危険な光を除く為なら何でもするし、
何でも言うつもりだった。
エリザベスの目が細長く狭められて、

「ええ、後悔する事になりますよ、マテソン先生。
でも、今じゃないから心配しないで。 
あなたはまだ使わなくっちゃ。 でも、彼はいらないよね。」

ロジャーは目を見開いて、この狂気に満ちた少女の目から逃れようと、後ずさりした。 
エリザベスは、ロジャーを横目で意地悪く眺めた。

そして、少女の巨大な手が水差しの中に伸びて来た。

ロジャーは目の前を阻むガラスの壁をむなしく爪を立てて登ろうとした。

ミレーは悲鳴をあげながら、ありえないくらいに巨大なリズの指の一本を無力にも引っ張った。
夫のロジャーがその指に掬い取られてしまうのだ。

大きなプラスティック製のボウルが置いてあるカウンターへと、リズはちっぽけなロジャーを運んで

行った。
そして、リズは空いている方の手でボウルを持ち上げると、どろどろとした白いワッフルの生地を、

その脇にある焼き型に注ぎ込んだ。

”まさか、この子!? そんな事はしないわよね、”

とミレーは祈る思いだった。

ヒステリックに叫んで、これ以上双子の子供を怖がらせない様に、ミレーは自分の手を窒息するほど

口に押し当てていた。

”やっぱり彼女は食べるつもりだ。”

ミレーは夫の5センチほどの小さな体がリズの指の間から落ちていくのを見た。
ワッフルの焼き型いっぱいの生地に落ちていくまで、空中で夫の腕はぶんぶん回っていたのだ。

「見ないで!」
ミレーは大声で叫び、双子の子達を引き寄せると、子供らの顔を胸に押し当てた。

「神様、嘘でしょ。何て事に。ロジャー!!」

どろどろでうんざりするほど甘ったるいワッフルの生地にまみれながらも、ロジャーは何とか膝のと

ころまで這い上がって来た。

リズは先生の方を向いて微笑むと・・・、

ワッフルの焼き型の蓋を勢いよく閉めた。

ミレーは長く長く苦しみにうめいていた。それはもはやため息に近いものだった。
そして何とか目蓋を閉じた。まだ双子の子達をしっかり抱いたままだった。
彼女は感覚を無くして、暗闇の中へ自分を放り投げてしまいたかったが、それはどうしても出来なか

った。目蓋の裏では、目の前のスチールの蓋の内部へと消えてしまった夫の姿が映画の一場面の様に

思い起こされて来るのだった。
暫らくすると、ローストポークのような香りがほのかに鼻腔をくすぐった。

”おいしそうな香り”に本能的に唾液が出てしまい、ミレーはぞっとした。

「人喰いめ!」

ミレーの口をついた。

「人喰い! 人喰い!」
彼女は声を限りに絶叫した。理解出来ない幼い双子たちは思わず彼女から後ずさってしまった。
リズはニヤリとしながら、ワッフルの色の濃い部分に目を留め、そのひと塊を口へ運ぶとそのまま食

べた。

「うま、うま。」 と言いながら、彼女はぺろりと唇を舐めた。

「人喰いにはなれないわ。」 
リズはもう一口も食べて、もぐもぐしながら、意味ありげに言った。

彼女はあからさまに楽しんでいた。

「人喰いになるには、人間を食べなきゃだめですよ。
私はただの虫けらのトッピングを一緒に頂いているだけですもの。」

リズはちらりとあざけりの笑みを先生に見せた。

”この子は狂っている。” とミレーは確信した。

わずかに抱いていた希望までが不快に感じられた。リズは理性を失ってしまっていて、
いかなる自制心もありはしない。
もともとは生徒であった少女に何が起こったのかは知らないが、ミレーの心はすっかり掻き乱されて

しまった。
ミレーは心の奥深くで、冷えきった確信と伴に死を予感した。
もう逃れる道はなさそうだった。

リズはワッフルの最後の一切れを平らげると、ナプキンで上品に口元をきれいに拭き取り、皿を片付

ける前に、ボウルと牛乳パックとコーンフレークの箱をその皿のかわりに用意した。

彼女は容器を満たし、牛乳を注いだ。スプーンを中に入れて、ちょっと止まった。
彼女は口を引きつらせながらミリーを見た。その恐怖にミリーの勇気は失せた。

「あのー 先生、ちょっと思ったんですけど。」 リズは普通に言った。

「私にはね、本当はその子供達もいらないのよね。」

ミリーは言葉に詰った。
「いやよ!!」

彼女はしっかりと双子を抱き締めながら、大声で首を横に振って言った。

「お願い!何でもするから。私には何をしてもいいから。
でも、この子達だけには何もしないで!!」

「それでも、この子達に何かあったらどうします?」とリズは意地悪く言った。


「想像できる?その苦痛は誰もが普通に思う位迄、いつまでも続くわよ。私にはそれがどれくらいの

苦痛かよく分かっているわ!!」

ミリーは巨大な手が双子に届き、床に向かって押すのを見て、体でかばいながら言った。


「何て事するの!! この子達は、まだ、たった6歳なのよ!!」

巨大で重い指が簡単にミリーを横に動かした。3センチほどの双子は、リズの指の間に簡単挟まれて

、ピッチャーから持ち上げられた。
ミリーは、叫びながら握り拳でピッチャーの壁を叩いた。

「何か、物足りないよね。」リズは言った。

すると、シリアルが入った食器の中に、牛乳を小さく跳ねさせ、2人の子供を落とした。

牛乳は氷のように冷たく、余裕で双子の頭の上まであった。両手足をバタバタさせて、湿ったコーン

フレークを飛ばしながら、子達は咳き込んでいる。リズはスプーンでシリアルをかき混ぜて、
エミリーを食器の底に押しつけた。

「ママ!助けて!」
ミルクを大量に含んでしまった寝巻きの為にコーリーは溺れながら、死にもの狂いで叫でいる。
ミリーは手と顔をピッチャーの壁に押し付けたままその目は呆然としていた。

リズはスプーンを持ち上げた。エミリーが水面に出てきて牛乳を吐き出しながら叫んだ。
スプーンをまた降ろすと、今度はコーリーが見えなくなっている。
リズがスプーンを持ち上げたのは30秒ほど後の事である。
コーリーは水面に浮いて来たが、うつ伏せのまま動かなくなってしまってた。

「あら。」リズは言った。

彼女は、牛乳のプールからコーンフレークの大きな塊りと一緒にコーリーの動かなくなった小さな体

を持ち上げた。

ミリーの方を悪儀っぽくちらりと見た、その直後

リズはそのスプーンを口へ入れた。

スプーンは空になってリズの口から出て来た。

リズは幼いコリーを噛み始めた!!

”ぐしゃ、ぐしゃ”

何かを噛み砕く大きな音はミリーにも目の前からはっきりと聞こえたのだ、
自分の愛子たちが砕かれる残酷な騒音。
それはまるで地獄にいる様だった。

飲み下しながら、リズはスプーンを置くと、
今度は食器を口迄持ち上げて牛乳を飲み始めた。

ミリーの位置からはもう、エミリーが見えなくなってしまっているが、エミリーが

「ママー!」と助けを求め、叫んでいるのが聞こえて来る。

リズの顔はエミリーの視界を完全に埋め尽くした。
大きく開いたリズの口の洞窟に流されながらも、
エミリーは自分の体の周りで浮かんでいるコーンフレークの中でもがいた。


エミリーは
「助けて、ママー!」
と叫びたかったのだが、

幼女が口を開くたびに冷たい牛乳が流れ込んだ。
それから突然エミリーは何かに掴まろうとする間もなく流れに巻き込まれて、
気が付いた時には湿った生暖かく暗い場所にいた。

ミルクとコーンフレークの濁流が幼女をリズの舌の奥へと押しやった。

エミリーは叫びながら、端から滑り落ちた。
リズの喉が今、動き、エミリーは叫んで足場を求めて彼女の小さな足をばたつかせたがどうしょうも

無かった。

エミリーはごろごろと転がり落ちて、ゴーゴーと音を立てて足元にぽっかりあいている肉感的な巨大

な淵に落ちて行く、

そして・・・。

”ごっくり”

リズは空になったボウルを降ろした。

「あの子の感触がするわ。」とリズは言った。

「あたしのおなかのなかでジタバタしているみたい。彼女はすぐに溺れるかしら、
それとも窒息しちゃうのかしら?」

「やっぱ、いいよね。柔らかくて旨味もあって。」
リズは幼子に満足した様子で舌舐め擦りしていた。

ミリーの顔には何の感情も表れていなかった。

どこか自分自身でない様に、今、目の前で見た恐ろしい出来事も何処か遠いところで起こった事かの

ように感じていた。心の中のどこかで今、自分はショック状態にいるのだとぼんやりと再確認し、そ

して彼女自身に言い聞かせた。いつか叫びだす時が来るだろうが、それは後だ、ずうっと後だ。

今はただ不気味な静けさだけがあった。ミリーはガラスの牢獄の床に丸くなって横たわり、うつろに

虚空を見つめていた。リズが近付いて来て彼女を掴んだ時でさえぴくりともしなかった。


「先生、昔、先生の事を好きでした、あたし。」

リズはそう言って彼女の手の平で丸くなっている小さな小さな女性を指で突付いた。

「先生には思いもよらなかったでしょうね。誰も知らなかったですもの。
あのときまでは・・・。」

ミリーはリズがせわしなく瞬きを繰り返すのを見た。

リズの頬から一粒の真ん丸い涙が転がり落ちる光景はさすがにミリーの茫然自失状態の霧さえ晴らし


彼女は軽い驚きを覚えた。

「こんなはずじゃなかったのに。」リズは呟いた。

「あたし、もう、自分をどう抑えたらいいのか分からない、どうする事も出来ないの。
どうしたらいいのか分からないし、誰もあたしを止めてくれやしない。」

話している最中もリズの指は意思をもった生き物のように動いていた。
指はミリーの薄いナイトガウンをやすやすと引き裂いた。

「助けて・・」搾り出す様にリズは言った、

「お願い」。

そしてリズは彼女の部屋着を開き、ミリーはリズのやわらかい胸に押し付けられた。
彼女から胸をもまれ、そのたびミリーはリズの硬くなった乳首へとすべり落ちていった。
リズはその小さな小さな女性を自身に手の平で押し付けながら、胸を突き出し自分の指で胸をマッサ

ージした。ミリーの心は慈悲深くもこのおぞましい出来事の最中にも感覚を失ったままで、そして最

後に彼女を捕らえていた掌から短くするどいあえぎ声があがった。

「あぁ、なかなかでしたよ、先生。」

リズは胸から教師をようやく引っぱり揚げると気だるげに言った。
彼女はミリー自身のちっちゃな胸を指で暫らく玩んだ後、溜息を漏らした。

「そろそろ学校に行かなくっちゃ。」 リズは言った。

「今日はきっと・・・素晴らしい一日になるでしょうね。」


リズは丸いタッパー容器を戸棚から持ってくると、動かなくなったミリーをその中に放り込んで蓋を

した。ミリーには半透明のプラスチックの向こうを見る事は出来なかったが、目が慣れてくると、物

を見るには十分明るい事が分かった。
ただ、タッパーの中には見るような物は無かった。タッパーはしっかりと閉められていたし、ミリー

は裸だったのだ。暫らくすると、タッパーはひどく揺れた。一瞬宙を落ちていく感覚があり、それか

らひどい衝撃があった。光が消えた。

それから数時間の間、タッパーという新しい牢獄の中で転げ回っている内に、ミリーの頭はだんだん

はっきりしてきた。静かになる時間帯があり、その時はミリーにもおぼろげに遠くで呟きのような声

が聞こえる。“学校にいるんだ”と判った。
それから終業のベルが鳴り、またあちらこちらへと跳ね飛ばされる。
ミリーはその度につるつる滑るプラスチックの上で虚しく足を踏ん張るのだった。

一度、授業の合間に、タッパーの隅が少しだけ開いて突然光が注ぎ込んで来た。
ミリーは目が眩んだ。蓋が開いていたのは空気を補充する間だけの事で、すぐまた真っ暗になってし

まった。

とうとうお昼のベルが聞こえた。何百という人々が移動するざわめきが、雷の轟きのようだ。
またタッパーの中で跳ね飛ばされ、それからほんの短い間だけ静かになると、いたるところからいく

つもの会話がミリーの耳に入ってきた。

突然タッパーが動き、予期しなかったことに、蓋が開けられた。タッパーは斜めに傾き、ミリーは固

い地面に転げ落ちた。ミリーはひりひりと痛む両目を両手で覆って強い光を防いでいた。

 最初は誰も気付いていないようだった。この5センチあまりの小さな女は数秒間身じろぎもせずに

横たわり、その小さな手で両目を撫でていた。
それから上半身を起こし、周囲を見渡した。
ミリーの顔には驚きの表情がありありと見て取れた。

学校の食堂の、冷たいプラスチックのテーブルの一つに乗っているのだ。

ミリーの周りは見渡す限り、巨人だらけで、オリンポスの神々の秘密会議といったら、こんなものに

違いないと思わせるほどだった。
おまけに、ミリーを声も出ないほど恐れさせるこの巨人達は、ミリーが数年来教えて来た生徒達だっ

たのだ。ミリーは自分が全く小さな存在であるということを理解し始めた。

 テーブルでちょうどリズの向かい側に座っていたキャロリンが、
テーブルの上の小さなピンク色の物体に最初に気付いた。キャロリンは始めネズミか何かだと思った

が、
乗り出してよく見ようと顔を寄せた。

キャロリンは口をあんぐり開け、手からは力が抜けて思わずサンドイッチを落としてしまった。

「何て事!!」

キャロリンの口から声が漏れ、その尋常でない声の調子に数人が振り返った。

 何人かが息を呑む気配に、リズはにやりと笑った。水に投げた石から波紋が広がるように、
テーブルの周りの生徒達がいったい何の騒ぎかと振り返った。

ひとつひとつ会話が消えていき、テーブルはざわめきの海のなかの驚きに静まりかえる島の様だった


小さな先生は飛び上がった。

「助けて!!」 彼女は鼠の様な声でちゅうちゅうと鳴いた。

「誰か私を助けてー!」。

「マシスン先生?」キャロリンは震える声で言った。

ミリーはキャロリンの方へ歩を進めた、すると彼女は何か強烈な衝撃を背中に感じテーブルの上っ面

に叩き付けられた。リズが指を使い小さな女性を強く突き倒すと同時に何人かの人々がはっとして息

を呑んだ。

「誰か!お願いだから私を助けて!」、

彼女が両手を広げ哀願するのは皆にも見えたが、その声はリズのすぐ近くに座った者達しか聴く事が

出来なかった。ミリーはもう一度よろよろしながら立ち上がったと思った矢先に何かに横っ面を張り

飛ばされてまたもや崩れ落ちた。
リズが指で彼女を叩き飛ばしたのだった。

「何て事すんのよ!」

サマンサの声は大きくはっきりとしていたが大きく目を見開いてそれを見つめることしかしなかった


他の者達も彼女同様、信じられないといった顔で見つめるだけで身動きひとつしなかった。
リズのいたぶるような指の衝撃に頭がくらくらになったミリーはテーブルの向こう側へと這い始めた


リズはその、先生の小さな足を親指と人差し指で摘み引きずり戻した。
ミリーは再び叫ぼうと口を開けたが突然リズが親指で彼女の頭の後ろを押しケチャップの池のなかへ

と顔から突っ込んだ。
ミリーの手足はどうしようもない程にばたばたともがいていた。

リズがやっとミリーに頭を上げるのを許した時、またその中へと顔を押し込まれる前にほんの一瞬息

をする事が出来た。
今はもう全身その調味料に塗れていた。
ケチャップの酸味がミリーの目に恐ろしく沁みた。
そして彼女の口、鼻、耳をも満たした。
まさに彼女が完全に窒息しそうな時、
ミリーは自分の腰をしっかりと掴み持ち上げられる指を感じた。
リズは彼女を細かに調べるかの様に前後にひっくり返した。

「彼女、頭がおかしいわ!」ミリーは出来る限りの大声で叫んだ。

「誰か彼女を止めて!お願だから、どうして誰も私を助けてくれないの!」

大きく微笑んでリズは皆に見える様にその小さな苦しむ物を上に掲げていく、

そして、口を開いてとても注意深く、
リズはミリーを頭から舌の上に乗せ、
それを口の中へ引っ込めた。

とても激しくばたばたと動く2本の脚だけが唇で皆が見る事が出来た。

濡れた”ずるり”とすすり込まれる音と共にその脚も消え去った。

何人かの人達はまるで電気ショックを受けたかの様にぴくぴくと痙攣した。
リズは彼女の恐ろしい消化器官に響き渡るミリーの激しい絶叫が聞ける様に、

一瞬の間、口を開き、またぴしゃりと唇を閉じた。

暫らくの間リズは彼女の口の中で跳ね回る熱くぬるぬるとした小さな体の感触を心地よく楽しんだ。

そしてテーブルの誰もが彼女を恐れおののいて見つめている事を確認して・・・!?

”ごくり”

という鈍い音が聞こえる様に、それとともに一呑みに飲み込んだのであった。

ほんの1秒の間、食堂に沈黙があった。 他のテーブルの生徒たちが何か普通でないのを感じたかの

ようだった。 
そして、キャロラインが耳を劈くような叫び声をあげたので、食堂は騒然となった。 

その後の大混乱の中で、リズは逃げた。 

椅子はひっくり返り、生徒たちはあちこちで叫んでいた。 
殆んどの生徒は、なぜ叫んでいるのか判っていなかったが、まるで暴動に近いパニックに巻き込まれ

ていた。

何が起こったかを目の当たりにした物は、涙にくれるか、
今しがた見聞きした事が信じられないといった様子で、ただその場にじっと座っていた。
ドアの所で、リズはもう一度振り返ってあたりを見回した。 
部屋の向こう側にサマンサを見つけた。 
彼女の目に恐怖を見出すと、リズは満足した。

******

ミリ−は、リズの暑くて暗く湿った胃の中で、叫び声をあげた。 

そして、周りを取り囲む湿った内臓の壁に、虚しく爪を立てた。 
ミリ−の足は液体の中に浸っていて、酸性反応による痛みが出始めていた。 

次第にミリ−は叫び過ぎで声が枯れ、肉の腐敗と腐食のあまりに生臭い悪臭の大気にむせ、
気を失ったのでミリーはそれ以上に苦しむ事は無く

“消化された”のだった。 




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