帝 国 series partU


                   ガーター 著

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第二章 メリッサ


ローレンは賞品にキスした。

嬉しくてしょうがないのだ。

よく気を付けて姉の車に乗り込みんで、友達のメリッサの家まで送ってもらう。
その間も片時も賞品から目を離すことはなかった。

「気を付けてよ、ジーナ!」

ローレンは姉の運転を注意した。

「姉ちゃんのせいで建物が壊れちゃうでしょ!」

「そいつらにはそれで充分よ!」

そう言い返すとジーナは、勝手に手を伸ばし、プラスチックの容器を指で叩いた。
ローレンがまだ子供だった頃は、今みたいに指で頭を弾かれたものだった。

「ジーナ!これがどれだけするか解っているでしょ? 支給金の一月分なんだからね!」

もはやローレンをおとなしくさせておくことはできない。

「ごめんなさい。でも、こいつらが戦争に勝っていたら、私たち皆殺しになっていたのよ。」

ジーナは膨れっ面をした。ほとんど前を見ていない。

ローレンはただ腹がたっていた。
一番高いビルのてっぺんが折れて、きれいだった小箱の中に粉塵が立ち昇っていた。

「とにかく気をつけて!」

その声は本気だった。

* * * * *

今までロブは一度もこんなふうに自分を失ったことはなかった。
くたくたになり、もう走れなくなったロブは、通りの真ん中で立ち止まり、
もう一度空を見上げた。空はひどくゆがんでいる・・・。

その向こうにこの収容所の新しいオーナーの胸の膨らみが見えた。
更にその上方には彼女の顔がある。
この街は惑星にも匹敵するその巨体の上に載っており、それが揺れる度、轟音が地面に響く。
それにつられて蛇行して来た車が倒れた消火栓に衝突した。

中から女が出てきて、よろよろとした足取りで近付いて来る。

「どうかしたの?何かあったの?」

彼女はまるで酔っているようだ。

ロブは天を示した。

彼女は空を見上げた。
だが結局、到底その光景を理解することができない。

「一体何なの?“空が落ちてきた”の? だってこれは地震なんでしょ!」

そう言ってよろけ、それから初めて彼の顔を見た。

「あなた大変、傷だらけじゃない。どうしたの、その顔?」

「解かんねぇーのか? これを見るんだ!」

ロブはもう一度彼女の視線を上に向けさせた。

「ここはプラスチックの箱の中だ。間違いない。この箱は若い女のでっかい膝の上に、まるで財布か何かのように載っかっているに違いない!」

彼女は空を見回した。

と、突然そこに手が現れ、轟音が轟いた。

まるで銅鑼が鳴るように街が揺れる。
嘗てない程の轟音でビルは軋み、通りのすべてが共鳴を起こしながら横滑りしている。
ということは、最初に都市を箱に入れた巨人は……
優しかったとでもいうのか ???  

ロブは、街を粉々にされ、その街があった惑星を引き裂かれた時、
あれほどすさまじい怒りの爆発はないと思った! 

しかし今度は爪ではじかれたに過ぎない。

ロブは原子力発電所の規模の手が退くのを見た。

四方八方からガラスやモルタルなどの破片の雨が降っていた。  

ロブの前に立っていた新しい金髪の話し相手が顔をしかめて語った。

 「ほら、地震よ! 保険が利くといいけど。新しい車壊れちゃったし。ね?」

馬鹿丸出しのこの女は、ロブの生涯の伴侶として相応しくないのは言うまでもなかった。

あるいは“この女性”こそがまともなのかもしれないが・・・。

* * * * *

ローレンが自分の新しいおもちゃを現実に手に入れることができないのは、
丸っきり友達のメリッサ・ジェニングズの為だと言っていい。
2人は同じ私立学校に通っているが、メリッサはローレンの両親より10倍も金持ちだった。メリッサの母親は上院議員で父親は外科医だった。

家は執事や給仕、小間使いが勤める宮殿の様な大邸宅に暮らしていた。
家族共に過ごす休暇を除く両親が家を空ける際、それらの召使いにメリッサの事は任せていた。

 ジーナがローレンを屋敷の前で降ろすと、メリッサが出てきてローレンに挨拶した。  

「あら、まあ」

メリッサにはそれが、直感的にくだらない単なるケース入りのジオラマ程度にしか見えなかった。だが、好奇心には勝てず物珍しそうに大きな瞳を見開いていた。

「正真正銘の本物よ。もっと近付いてみれば分かるはずよ」

メリッサが注意して透明な箱を友達から受け取って、綺麗な青い目をさらに近付けているのを見ると、ローレンは興奮してきた。

「あ、見える、人々も車も全部……すごい。」

「虫眼鏡がいるよね?」

ローレンは、いつもと違って自分のもつ物が友達に感心されていることに自尊心を膨らませて思わず頼んだ。
誰であろうと、例えメリッサの母親であろうと、この少女をここまで感動させるなんて至難の業だった。

「この方が見えるわ」

メリッサは、屋敷に入って電動カーに乗って自分の部屋に帰るので、
賞品をローレンに返した。


第三章 シンディー


暫くして、ロブの新しい恋人は散漫になってきた。
景色は大邸宅に変わっていた。
その明るさで2人はほとんど目が眩んだが、次に街全体が陰になった。
別な若い女性の裕福でふさふさした金髪の巻き毛の頭が太陽を遮る光景を、ロブと新しい話し相手が驚いて見た。  

「そんな……こんなはずはないわ。」

金髪の女性はロブをとがめた。  

「ああ、ずっと気分が良くなった。幻覚かと思っていたんだけどね!」

「【どうしようもない女だな】 俺が何を教えたいか理解出来ないのか ?!」

そうロブは言い返した。

 しかし、どちらも喧嘩などやっている場合ではなかった。
押しつけられた2つの顔に中を覗き込まれたかと思うと、今度は突然【際立った】目だけが現れて覗き込まれたのだ。

ただ助かることだけを祈りながら、彼らは近くのワインショップに駆け込んだ。
しかし、それこそ人生最大の失敗だった。
店内はそこら中にガラスの瓶の破片が散乱しており、酒浸しの有様だった。
仕方なく彼らは店先のひさしで身を隠した。

* * * * *

友達二人はメリッサの立派な化粧台にそっとプラスチック容器を置いた。
ローレンはカウンターの前の長いすに陣取った。
これで箱の中をじっくり眺めることができる。
メリッサは戸棚から高価な精密機械を取り出し、組み立て始めた。

ローレンは怪訝な面持ちで様子を見守る。

「それって、まさか…?」

彼女は期待を隠さなかった。

「そうよ」メリッサは誇らしげに応えた。

「さあ、さがって」

一瞬のうちに、高さ30センチほどだった立方体の容器はおよそ3倍の大きさになった。
その変わりように二人は驚く。宝箱の中を覗き込むと、タバコの箱ほどの大きさのビルが聳える街並みが肉眼ではっきり見る事が出来た。
目を凝らすと、窓の向こうでこちらを指差したり逃げ惑ったりしている人々が見える。
手に入れたものを誇らし気に眺めながら、二人は狂気を帯びた笑みを浮かべていた。

「この人達が戦争を仕掛けた時、まさかこんな結末になるとは思いもしなかったでしょうね。」

メリッサは彼らをあざ笑った。その口元に覗かせた歯は、その人々の車より大きかった。

「そうだ、いいもの見せてあげるわ!」

ローレンは立ち上がりジーンズを下ろした。

そして、敵の住む街に向かってお尻を丸出しにした。

「これでも拝みなさい!」

メリッサが腹を抱えて笑いこけると、ローレンもこらえられなくなった。
この玩具は本当に笑わせてくれる。

メリッサはすぐに真面目な顔になると

「さあ、開けるわよ。」と誘った。

「(この箱を)壊しちゃまずいんじゃない。逃げられちゃったらどうすんのよ?」

「上だけ切んのよ。天辺からじゃ逃げられっこないでしょ。それに、そんなに長らえさせるつもりなんてないんだから!」

メリッサは立ち並ぶビルを睨みつけた。

沈んだ顔でローレンは言った。

「でも、メル、あたしは毎日楽しむつもりでこれを買ったのよ…。
それなのに蓋を切り取るなんて、街が壊れちゃうでしょ。」

「ローリー、やめて!それってお金のこと?これが欲しいなら、この次はこいつらの星ごと買占めてあげるわよ!パパのクレジットカードがあるんだから。でも今、あたし達が持っているのはこの街だけ…。あたし、なんだかゾクゾクしてきちゃった!」

「私も。なんだか気分がノッて来たわ。こいつらに思い知らせてあげようか。」

ローレンもメリッサに同意した。

「そうそう。何だって出来るのよ!面白いじゃない、ね?」

メリッサはペーパーナイフを取り出して容器を切断し始めた。
それは研ぎ澄まされた電気ナイフだった。しばらくすると、
プラスチック容器の側面に鋭い切れ目が入る。
すぐにでも二分して上端を外せそうだ。

* * * * *

脱出は出来なかった。

ロブはシンディを連れて階段を下りワインショップの地下室に逃げ込もうとしたが、そこはすでに崩落してしまっていた。そこで店の裏から出て別の高層ビルに逃げ込んだ。

すぐにボイラー室を発見した。そのビルのボイラー室はまだ無傷だった。
街の外には不気味な唸りが響き渡っている。
一体何の音なんだ。だが、そんな事などどうだっていい、今は一刻も早く地下深くで身を落ち着けたかった。

彼らが地下に辿り着いた時、そこには既に大勢の群集が雪崩れ込んでおり行く手を塞がれた。

「何が起こっているのだ!お前は誰なんだ!これは最終戦争なのか??」

やつれきって、薄い頭から血を流したビジネスマンがロブを責め立てた。

「私はレポーターだ。今、目の前で起こっている事といったら、最終戦争の方がまだマシだ。」

彼は酒屋から持ち出した煙草に火をつけようとした。
火をつけたとたん、シンディが咳込んだ。

「タバコなんて大嫌い。煙に弱いのよ。」

彼女は辺りの空気をなぎはらうかの様に、彼の前で手を左右に振りはらった。

「あれは何?何が起こっているの?」

やつれた老女がわめき散らした。

「私は見たのよ・・・それは・・・本当にこの世の終わりだった。」

と彼女が大声で言った。

そこにいた人々は誰も彼女の言うことを信じていないか、理解が出来ていない様子だった。

なぜならそれを見た彼女本人でさえ、自分が見たものが何だったか理解出来ていなかったからだ。

「彼女が言った通りさ、もうこの世はおしまいだ。」

この状況下を伝える最も適切な表現だとロブは思った。

だが、そこにいた群集は、きっと大丈夫だと言ってくれるものとばかり安易に思っていたので、期待を裏切られ、驚きのあまり彼を睨み付けた。

ありのままを伝えようとした彼であったが、それが人々のやり切れない怒りをかってしまったのだった。

「じゃあ、私が外に出る!あんたが大丈夫だったんだから、私も大丈夫な筈だ!」

「俺も行くぞ!」別の男が叫んだ。

地下の閉鎖的な場所において群衆で滞留している状況下で彼らの苛立ちはピークに達していた。

「放射線が出ていないかぎり・・・?」

「放射能なら心配ない。」

ロブはそう言って、彼らに笑みを見せた。

しかしそれは、以前彼が精神を病んでいたことからくる、異常な笑みだった。
薄汚れた身なりで、汗まみれシャツはボロボロだった。

「好きにすればいい!」

彼は笑みこぼしながら汚れたレンガの壁にもたれかかり、そのまま床に座り込んだ。

「今晩、美容院にいかなくちゃ・・・何時間かしたらにブレントウッドまで乗せてってもらえるかしら。車が壊れちゃったの・・・」

シンディは自分の周りにいる人たちが地上に出て行くのにも全く構う事なく、自分の身なりを整えるのに使えそうなものはないかと、バッグの中をごそごそ探し始めている。

* * * * *

箱がついに開けられた。
メリッサは開けた蓋を脇に置き、二人は同時に中を見た。
メリッサはゆっくりと手を入れて、爪でバスを摘み上げた。
それは既にばらばらに破損していたが、メリッサがよく調べてみると、壊れた窓から落ちた物のひとつひとつが、ある程度はっきりしてきた。

突然、そこから小さな人間が落ちてきた。
誰かがその中に身を潜めていたのだ!
二人のうちのどちらかが気付いて行動を起こす前に、彼は自らメリッサの化粧台の上へ転落し死亡した。
彼は彼女の口紅の詰め合わせの隣に落ちたのだ。
彼女たちはがっかりした。

「あーぁ。彼ったら、死んじゃったわ。」

ローレンは指で突付いてみて米粒大の人間がどんなにか弱いか分った。
倒れたところには既に赤いシミが付いている。 

「気にする事ないわ。」

メリッサは、口紅のティッシュや使い古しのヘアスプレーが捨ててあるゴミ箱へバスを放り投げながらそう言った。

バスはスプレー缶に激突し、その計り知れない衝撃で残りの乗客も助かる事はなかった。メリッサはカウンターから眉毛抜きを取り出し、皮をはがす様にビルを裸にする。
一階のホームセンターは、労働者達の避難場所と化してした。

「ほら早く!みんな逃げちゃうじゃない!」

ローレンは定規ずらして行き、蟻のような労働者達をその避難場所から追いたてた。

「一匹捕まえた。」

メリッサは嬉しそうに収穫の品を目の前に掲げた。
腕を摘み上げられた男がぶらぶらと揺れている。
その腕はひどくつぶれてもう治る見込みはない。
メリッサがにやりとするのを見て、彼は必死になって暴れた。
ローレンは一瞬追いまわす手を止め、それを眺めた。

「小さ過ぎてどんな顔だか解りゃしない。」

「顔なんてどうでもいいわ。この虫けらたちのせいで、戦争になって、わあわあ泣かされたんだから。だいたいこの人達が生きる事を望んだら、こんなふうに売りに出さなかったとでも思うわけ?」

メリッサはもう一方の手で爪切りを取り出した。

じたばたする土方の男に刃を合わせてプチンとやると、スパッと真っ二つ切断され落ちて行った。

「ふん!これが本当の絶叫ってやつね!」

メリッサは吹っ飛んで行った死体を見て勝ち誇った様にくすくす笑った。

そして残りカスをまたゴミ箱に放り投げると、再び狩にもどった。

「ねえ、こいつら銃を構えているわよ。こっちを狙って撃って来る。」

突然ローレンは微細な一撃を受けた。

まるで手が痺れるような感じだ。

「ひどい、こっちは撃ってないのに!」

メリッサはヘアスプレーを取りその職人の男たちを狙い吹き付けた。

職人達は霧で覆われたが、倒れてそれをかわすスキがあった。
すかさずそのまま這って逃げようとするところへ、メリッサの速乾性整髪スプレーを浴びせられ、職人の連中は瞬く間に凍りつき息絶えた。

ローレンはニヤリとほくそ笑んだ。

息絶えた小さな虫ほどの職人を鉛筆の先で潰すと、身体は凍結した状態で、頭部だけが砕け落ちた。

「メル、これって固すぎるわ!」

くすくす笑いながらローレンは凍った男たちを指で押し転がした。メリッサはすぐにまた狩を始める。
その時、突然、ハエが一匹現れメリッサの回りをブンブン飛び回った。

「この小さい害虫! なんでこの家にハエがいるのよ!」

彼女は苛立ちハエを追い払おうとした。

その爪の先がビルの屋上に触れる。

とたんに最上階とその下が粉微塵になった。

ハエはその朦朧とした埃の中をメリッサの顔めがけて飛んできた。

彼女はそれを後ろへ吹き飛ばす。

その瞬間、突風が起こり、車やビルの瓦礫や人間が吹き飛ばされた。
箱の裏側は元の状態だったが、それが一層災いした。
車や無数の鉄屑が白粉のように空中に舞い上がり、辺り一面に飛散した。

メリッサがうっかり起こした大惨事に、仲間の少女たちはクスクス笑った。

残された一番の高さの超高層ビルがあまりにも可愛く思えたローレンは唇を寄せ、フウッと息を吹きかけ始めた。



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- 続く -


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