破壊的な描写があります、承知の上、お読みください。

地には平和を・1


作者     未詳            
訳   笛地静恵                            
 
−−−−−−−−−−

サンディーは、辺境の星域に入り込んでいました。故郷の星のある、銀河系の中
心部から、もう半径の四分の三は、横断していました。第三渦状肢の、先端近く
でした。サンディーは、彼女の偵察宇宙船を、超光速飛行から通常空間に、移行
させていました。
 
                 *
 
 宇宙船は一人乗り用でした。可愛い球形をしていました。船体のピンクの色の
塗装が、気に入っていたのです。辺境の星系まで来ると、もう星の大きさが、ず
いぶん小粒になります。色も違います。故郷の、心を安心させる暖かな赤ではな
くで、ぎらぎらとした白でした。星が、中心部よりも若いのです。しかし、一つ
一つは明るくても全体としては、宇宙は暗く寂しく見えました。星の数が少ない
のです。
 
                 *
 
 サンディーは、主要な重力場を形成している太陽の近くに、宇宙船を出現させ
ていました。エンジンの調子が、どうも良くないのです。老人が咳き込むような
、軽いケホンケホンというような、いやな音をたてていました。そろそろ母星に
戻って、修理が必要な時期かもしれません。
 
                 *
 
 コンピュータに、太陽が幾つの惑星を持つのかを、調査させました。すぐに求
める答が帰ってきました。小惑星が、全部で九つありました。彼女の研究のため
にはふたつをのぞいては、小さすぎて全く無価値に思えました。サンディーは、
個人用の宇宙船を駆って、学校の休暇中の自由研究の課題のために、宇宙生物の
調査をしているのでした。
 
                 *
 
 先生の話では、彼女たちの太陽は、すでに老年期の星だというのです。すでに
生物も種としての寿命が、尽き掛けているというのです。ここ何億年、新しい生
物は現われていませんでした。人間も人口が緩やかに、減少していました。サン
ディーのような元気な子供の数は極端に少なかったのです。
 
 
                 *
 
 サンディーは、その話を授業で聞いて、本当にびっくりしていました。それな
らば、自分で元気な生物を探してきて、この惑星で育ててやろうと考えていまし
た。古い生物に、新しい生物の血が交じれば、世界はまた活気を取り戻すことで
しょう。ちょうどサンディーが、周囲の大人たちの表情を明るくしているように
です。
 
                 *
 
 先生は、銀河の周辺では、星はまだ若く活力があり、新しい生命の種も次々と
誕生しているといっていました。でも、彼女の調査は、今のところ空振りばかり
でした。生物を、育むに足りる条件を満たした惑星は、本当に少なかったのです

 
                 *
 
 
 それでも、偵察宇宙船のコースを、この太陽系では最大の小惑星に向けました
。少なくとも、水と酸素の貯蔵量を、もう少しましな状態に、しておきたかった
のです。
 
                 *
 
 特にきれいずきな彼女が、シャワーを使い過ぎたために、水の残量が少なくな
っていました。惑星探査は、血と汗と涙の大変な仕事なのです。それなのに、こ
こ数日は、シャンプーも出来ないでいました。彼女は、それがイライラしている
ときの癖で、長い黒髪に細い指先を差し入れて、何度も何度も根元から毛先まで
に動かして、漉くようにしていました。脂で汚れた毛は、指にねっとりと粘り付
くような気がしていました。
 
                 *
 
 サンディーは、自他共に認める美少女でした。美しい眉間にも、縦に皺が二本
寄っていました。
 
                 *
 
 
 二十四時間後、彼女のはかない希望は、雲散霧消してしまいました。探査の結
果は、この小惑星がほとんど、メタンで出来ていることを示していました。新鮮
な水があるはずもありませんでした。
 
                 *
 
 サンディーはため息をつきました。ピンク色のレオタードの、可愛い大きな胸
がぶるんと揺れました。生物の発見の方は、これで諦めました。船の生物探査の
センサーも全部切りました。頭にきていたのでしょう。
 
                 *
 
 水の補給の方は、なんとかできるかもしれません。太陽から、三番目に近いと
ころにある小惑星が、水と酸素を所有している可能性を示していました。そんな
に、たくさんはないでしょう。でも彼女の貯蔵タンクを、ちょっぴり満たす程度
はありそうでした。


 
                 *
 
 サンディーは小惑星とランデブーできるコースに、宇宙船を乗せました。接近
していきながら、再び苦い失望を感じていました。ほんとうに小さな岩の球体で
した。直径は三十メートル程度でしょう。大気の薄い膜と、二・五センチメート
ル未満の水の層が、青く表面を覆っているだけでした。
 
                 *
 
「頭にきちゃうわ。・・・どうして私ったら、こんなに不幸なのかしら。この宇
宙船でのひどい生活を、もう少しだけ豊かにしてくれる、水さえ、見付けられな
いんですもの。ただ、もう一回だけ、熱いシャワーを浴びて、髪を洗えるだけで
いいのに・・・。ええいっ・・・くそっ・・・くそっ」
 
                 *
 
 今まで我慢していた欲求不満が、爆発しそうでした。彼女は、脂じみた黒い髪
を、根元から抜けそうな程に、強く指で引っ張っていました。宇宙船のエンジン
の調子も悪いし、もう限界かなとさえ、感じ初めていました。一人の女の子が、
探険するには、この宇宙はあまりにも巨大でした。サンディーは自分の卑小さを
、痛感していたのです。 その時、興味深い計算結果が、出たのです。あの小惑
星の表面を覆う水を全部集めれば、数百ガロン(一ガロンは、三・七八五リット
ル)にはなりそうでした。
 
                 *
 
「しめしめ、これなら二時間ぐらいの仕事で済みそうだわ。二百ガロンでもない
よりましよ」
 
                 *
 
 
 宇宙船内部のドアを開けていました。彼女は居住区画のロッカーから、最新式
のスペース・スーツを取り出しました。それは、ぴったりと身体に密着してくれ
る半透明の薄い素材でした。伸縮自在でした。体温に合うと透明になってくれま
す。薄くなって着ていることさえ、分からなくなります。彼女の素敵なプロポー
ションを、はっきりと見せてくれていました。
 
                 *
 
 今日はこれを着るつもりでした。今までの宇宙服は、汗臭いような気がしまし
た。ピンクのレオタードの上に、それを身につけました。これも透ける素材です
が、サポーターも付けていません。二つのピンクの乳首が、小鳥のように突き出
しています。
 
                 *
 
 どうせ外は孤独な大宇宙です。誰も見ていないのです。スペース・スーツは、
彼女の肌の上に、数ミリメートルの透明で強靭な膜を作っていました。これで、
あらゆる熱や光や放射線等の外部の力や衝撃から、少女のデリケートな肌を守っ
てくれるのです。
 
                 *
 
 動かないと、何も着ていないような感じもしました。手足を曲げると、さすが
に抵抗感がありました。胸回りがきついような気がしました。またいくらか大き
くなったのかも知れません。
 
                 *
 
 サンディーは居住区画の鏡に、自分の姿を映しました。十三歳の誕生日を過ぎ
てから、ウエストのラインのくびれにも、自信が持てるようになってきました。
サンディーは、腰をちょっとひねってみました。十四歳になる迄には、もう少し
ヒップも成長してくれるでしょう。
 
                 *
 
 彼女は宇宙船の一人の時間の退屈を紛らすために、いけない「一人遊び」をも
おぼえてしまっていました。このことは、まだ誰も知りません。彼女だけの秘密
でした。レオタードは、そのためもあって汗で少ししっとりとしていました。や
はりどうしてもシャワーを浴びる必要がありました。
 
                 *
 
 サンディーは流し目で、自分をもう一度うっとりと見つめました。まつげの長
い切れ長の瞳には、本人もまだ知らない、男たちを惑わすだろう色気が、もう漂
い始めていました。長い髪は、唇にヘアピンを何本か銜えながら、器用に束ねま
した。後頭部の髪にピンをさして、素早く丸く纏めました。瑞々しく白い襟足が
、顕わになりました。
 
                 *
 
 その上からサンディーは、透明なガラスの金魚鉢のようなヘルメットを被りま
した。ヘルメットの中に、スーツを着る生体を維持するためのエネルギー源と、
管理用のコンピュータの回路が、印刷され内蔵されているのです。顔の前面だけ
が、平らなフェイス・プレートになっていて、外を見易くしています。サンディ
ーが鏡を見ると、フェイス・プレートの向こうに、目元と眉のくっきりと涼しげ
な、ちょっと見には美少年のような、意志の強そうな女の子の顔が、見えていま
す。
 
                 *
 
 女性としては眉毛が濃い方でしょう。その一文字の黒い眉の上で、前髪を水平
に切り揃えている、髪型をしているからかもしれません。自分の手で、鋏でそろ
えるのです。彼女はいつものように、「あなた素敵よ。頑張ってね」と、サンデ
ィーの顔に微笑み掛けていました。
 
                 *
 
 足元には、ピンク色のブーツを履きました。宇宙空間で作業するために頑丈に
作られています。重量はたいして重くありません。街歩きのレイン・シューズの
ように、足にフイットしてくれます。原則として、スペース・スーツと同じ新開
発の素材なのです。サンディーは小さくて軽いのが、気に入っていました。これ
で準備は整いました。
 
                 *
 
 サンディーは、外部ハッチを開きました。八十メートル先の暗黒の虚空のなか
に、小惑星を初めて肉眼で確認していました。それは青く美しく、宝石のように
輝いていました。その美しさを壊してしまうのは、ちょっと可愛そうな気がしま
した。
 
                 *
 
「ごめんなさい。私のために、ちょっと我慢していてね」
 彼女は、そう呟きました。
 
                 *
 
 小惑星の上には、浅い水溜まりが主に二つありました。そこにほとんどの水が
、溜まっているようです。水は土と岩のわずかな隆起によって、分けられていま
した。土は一番狭いところでは、ほんの数十センチメートルの幅しかありません
でした。
 
                 *
 
 彼女のピンクの宇宙船は自動的に、小惑星の軌道に乗っていました。自転周期
をあわせると、一点に静止したような形になるのでした。宇宙船は、あの狭く乾
いた細い土の真上で、ぴたりと止まりました。
 
                 *
 
 彼女は、ハッチから猫のようなしなやかな動きで、外に漂い出ました。エアロ
ビクスで鍛えた、少女らしいきびきびとした動作でした。サンディーは宇宙船の
中でも、シェイプ・アップのために、日課の体操を欠かさず続けていました。大
宇宙のなかに、ピンク色のレオタード姿のスタイルの良い美少女が浮いていまし
た。
 
                 *
 
 そして、給水ホースを収納している外部ハッチを開き、ホースを引っ張りだし
ました。彼女は、もう一度岩の球体をじっと見つめました。周囲に大気の膜があ
ることが、ぼんやりとわかります。それから、心を決めて、空気を吸い込むため
のホースも、一緒に引っ張りだしました。
 
                 *
 
「少しだけど、酸素も一緒にもらっといた方がいいわよね。本当にちょっとしか
なさそうだけど」
 
                 *
 
 二本のホースを片手で持つと、彼女は自由な方の手で宇宙船を押しました。小
惑星の方に、足を下にして降下していきました。
 
                 *
 
 その時、彼女は不思議な光景を目にしていました。フェイス・プレートに、ま
ばゆい光が、いくつもいくつも瞬くのを、目にしました。いくつもの小さな閃光
が、きらめいていました。その光は、彼女のピンク色のレオタードばかりか、ホ
ース迄を明るく照らしだしました。
 
                 *
 
 彼女は、その不思議な美しい現象に、しばらくの間、魅了されていました。こ
のような光景を見るのは、生まれて初めてのことでした。何かの種類の漏電かし
らと、サンディーは考えていました。でもプレートには、なにも異常は表示され
ていません。手の甲の大きな素晴らしく美しい閃光にも、見惚れていました。少
女の美しい顔も、青白く染まっていました。その光の色は、この星系の若い太陽
の色に、似ているような気がしました。やはり自然現象なのでしょうか。彼女は
そんなことを考えながら、宇宙空間を自由落下していきました。星の海に、もし
も蛍が飛んでいてくれたら、こんな美しい光を出すかも知れません。今が、一番
、光が燦々として華やかな時期でした。
 
                 *
 
 そうしているうちに、彼女のピンク色のブーツの片足が、小惑星の表面に軽く
接触していました。
 数百万人の人類が、死滅していました。人間の身体は、まるで神の鉄槌が大地
に振り下ろされたように、破裂していました。サンディーが、太陽のまぶしい光
に片方の瞳を瞬かせる間のことです。
 
                 *
 
 ダラスとフォートワースでは、二十から三十の都市区画の摩天楼とビル群が、
十分の一秒の間に、大地に埋没していました。ダラスとフォートワースは、生き
生きと活動的な都市でした。人口も密集した地帯でした。そこが、破壊された都
市の残骸が濃密な密度で、ぎっしりと濃縮された薄い膜のようなものになってい
ました。地下二十マイルのマグマ層のすぐ上に、薄く引き伸ばされたようになっ
ていたのです。
 
                 *
 
 その大惨事は、サンディーの心臓が、一回だけ鼓動するよりも、なお短い時間
に起こっていました。そして、終了していました。想像も出来ない途方もなく巨
大な、タイタニックなインパクトが、地球を襲ったのです。
 
                 *
 
 
 その衝撃のもたらした圧力と高温の下では、コンクリートも、岩も、鉄も、等
しく液状化して流れたのです。一秒前まで、その場所は、人や物でいっぱいでし
た。人類の繁栄を謳歌する巨大都市が、二つ存在していました。十分の三秒後、
そこには八十マイルの長さのクレーターが存在しているだけでした。幅は三十マ
イル、深さは二十マイルありました。サンディーが、初めて地球に、ピンク色の
ブーツの片足を置いた場所でした。
 
                 *
 
 地球が、揺らぎました。彼女のタイタニック・インパクトは、世界中で感じら
れました。ダラスが、巨人の足の下に消失した直後、ワコが壊滅しました。サン
ディーのもう片方の足の下に、踏み潰されたのです。彼女は、一歩ごとに、その
周囲の全方位数百マイル四方にわたって、すべての人間の建築物を薙ぎ倒してい
きました。数秒間の間に、新しい山脈が形成されては、消失しました。
 
                 *
 
 大地は、震撼しました。振動する地殻の土のうねるような大波が、人間の文明
のすべてを、覆していきました。テキサス、オクラホマ、ルイジアナ、そしてア
ーカンソーの多くの都市は、完全に倒壊していました。サンディーのタイタニッ
ク・インパクトの衝撃波が、嵐の海の大波のように、大地をうねり逆巻かせなが
ら、通過していったのです。そのころには、他の地域でも塵と蒸発した岩で、空
はずいぶん暗くなっていました。
 
                 *
 
 この頃には、地球外知的生命体の宇宙船を、最初に発見した人物の名前さえ、
分からなくなっていました。他の太陽系からの、知的生命体とのファースト・コ
ンタクトの際に考察されていた様々な可能性を、あまりにも超越したものであっ
たからです。
 
                 *
 
 宇宙船の接近を、最初にアメリカ政府に報告したのは、日本のあるアマチュア
の天文マニアでした。冥王星の軌道を、宇宙船が通過した直後のことです。
                 *
 
 全人類は、興味深く事態の推移を、見守っていました。アマチュアの天文学者
達は、日が沈むのを待ちかねる日々でした。彼らは望遠鏡を覗きながら、他の星
からの宇宙船の姿を一目でも自分で目撃しようと、天空を見上げていたのです。
興味と期待は、恐怖へとその座を明け渡しました。宇宙船の大きさが判明するに
つれ、それは恐慌にまで悪化していったのです。
 巨大な質量をもった物体が、地球に接近してくる影響は、最初は、潮位の変化
から明瞭に現われていました。巨大宇宙船が、さらに近付いてくるにつれて、海
岸線の人々は恐怖を持って、海を見つめるようになっていました。海面が、盛り
上がっていきました。そして、潮は引く気配が全くなかったのです。さらに、さ
らに、盛り上がっていきました。
 
                 *
 
 ついに、波の壁が崩壊しました。低地はもちろんとして、内陸部にまで津波が
押し寄せました。洪水の襲来とともに、内陸部の気候も荒々しさを増してきまし
た。驚くべき巨大な大嵐が、次々と発生していました。地表を我がもの顔に、蹂
躙していきました。
 
                 *
 
 惑星大のサイズを持つ宇宙船は、地球の二万マイル彼方で、とうとう静止しま
した。ちょうどアメリカ大陸の真上でした。空に不動の姿で君臨しました。アメ
リカ大陸全土に暗黒を齎らしました。人工の日食が、発生したのです。宇宙船が
、太陽を覆い隠したのでした。


地には平和を・1 了


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