完全なる人間 (第4章)


機械仕掛けの神・作
笛地静恵・訳


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男というものは、有史以来、女の乳房をその掌中にすることに、精根傾けて来た存在である。


 
それらは、奇妙で美しい物である。


 無限のヴァリュエーションがあって、手に触れると快感を与えてくれ、
家族全員に、それぞれの別個な種類の楽しみを与えてくれるものなのだ。

 しかし、もし男が女の胸部の、正面にある場所に捕らえられたまま、あまりにも多くの時間を
過ごしたとすれば、それらに対する本能的な性欲の衝動と言えど、弱まってくるというのは、
これもまた止むを得ないことであろう。


 ジェイクは、時間の感覚をとうに失っていた。
ターニャによって、内部に幽閉されてから、何日間もが経過しているように、感じられていた。

 その間、命懸けで、左の乳首にしがみついて居た。

 一歩ごとに、正真正銘の大地震の津波のような振動が襲ってきていたから。

 ターニャは、まったく充実した乳房の持ち主だった。


 ジェイクは、生まれて初めて、胸の平らな女性に、憧憬に近い感情さえ抱き始めていた。


 それほど多くの物が、見える訳ではなかった。
彼のいる場所にまで、透過してくる光の量はごくわずかだった。

 聞こえるものと言えば、一つの音だけだった。
何度も、何度も、何度も。 繰り返されるのは、ターニャの心臓の規則正しい鼓動のみだった。

 徒歩の間は、早く激しい。
立ち止まっている時は、ゆっくりとして正確だった。 彼にとって至福の時だった。 

 女主人の肉体に起因する音の他には、ほとんど何も耳に入ってはこなかった。

 しかし、かすかな物音を掻き集めて、何とか外界の情景を想像していた。

 彼等は、明らかにモールに入っていった。 昼食の席についた。
もうすぐ彼女が家に帰ってくれないかと、切望せずにはいられなかった。 


* * *


 彼等は、慥かに家に向かっていた。
間もなくして、わずか数分後のことだったが、今度は安全に脱出できるかと、
そればかりが、不安になり始めていた。

 彼等は、部屋に戻っていた。
ほとんど十時間に渡って、この場所に幽閉されていたことになるのだった。

 ターニャが、誰かと今夜のパーティについて相談をしている声を聞いていた。

 細部までは聞き取れなかった。 しかし、それについては、何も気にしなかった。
どこで開かれる、どんなパーティであろうと、今のところは、出席の意志はまったくなかったからだ。

 このサテンとパッドとコットンによって、三重に封印された場所は、
それ自体の密閉された性質から、ひどく熱くなっていた。

 十七歳の少女の活発な新陳代謝によって、分泌される大量のホルモンが拍車をかけていた。
彼を身につけている者の体温を高めていた。 もっとひどく、熱くなってきていた。
息苦しくなっていた。 船酔いしているような気分でもあった。 

 彼には、情況がどんなに危機的なものになっているのか、まったく分かっていなかった。


 いきなりターニャが、シャツを脱いだのだった。

 ブラを外した時にも、まったく心の準備ができていなかった。

 突然、自分の身体を支えていた背後の壁が消失した。
彼にできたのは、ターニャの乳首に、絶望的に爪を立てることだけだった。

 彼女は上半身を前傾させていた。 彼は、切り立った崖を落下していった。
そして、バスンというような音を立てて着地した。

 十二メートルの長さのある何本もの杭の間だった。
長く黄色い縄のようなものが、何本もからみついている。 

 ジェイクは、うめき声をあげていた。 肋骨を何本か折っていた。
片脚も同様な状態だった。 安静にしていなければならないということが、よく分かっていた。

 折れた骨が、自分自身の力で接合してくれるまでに、たっぷりと五分間はかかるだろう。
その間、出来ることと言えば、半裸のターニャの姿を見上げていることしかなかった。

 彼女は、今までは、機能優先の白い下着を着ていた。

 彼の牢獄となっていた場所だったが。

 それを、レースの黒いブラと取り替えていた。 

 一分後か、もう少ししてから、ターニャは、身体の線が出る、セクシーな黒いドレスを着ていた。
鏡に映してチェックするようにしていた。 身体を回転させて、左の方を向いていた。

 ジェイクは、かすかに身じろぎをした。
自分の体重を片手一本で支えて、起き上がった。
移動しなければならなかった。 十分に早く動くことは出来なかった。

 ターニャが出ていくと、入れ代わりにジュリーが現われた。
ややきつ目の、赤いドレスを身に付けていた。 お出かけ用の服なのだろう。

 ジェイクは、彼女の股間の高さにいた。 小さく口笛を吹いた。
この服装では、今夜の彼女は、男たちを引き付けてやまないだろうと思われた。


 それは、彼女自身のセックスを、強烈にアピールしていたから……。 

 突然、ジェイクは自分の周囲の世界を、まったく新しい視点から見なおしていた。

 落下の苦痛にばかり、意識が集中してしまっていた。
どこにいるのか、注意して見回すゆとりなどなかったのだ。

 今こそ、分かった。 ジュリーのヘアブラシの上なのだ。 

 脱出しようとはした。 遅すぎた。 愛らしい
巨人族の娘が、ブラシを手に握り締めた。

 彼にできるのは、手近の一本の杭に、しがみ付くことだけだった。
ものすごい速度で、ブラシをその短い髪型の頭髪の上にまで、移動させていった。 


 何キロにも及ぶ、メロンの匂いのする、何本もの縄のような髪の毛が、
マッハ3の速度で飛びすぎていった。


 ジュリーは、自分に出来るかぎりの技術で、細心に髪型を整えていったのだった。
ジェイクが、黄金の頭髪の波打つ海に放り出されるまでに、たいして時間は掛からなかった。

 立ち上がろうとして、虚しくもがいた。

 それから、自分にできる最善の策は、この場所に、静かに潜んでいることだと心に決めた。
ブラシによって、虚空の彼方に放り出されるよりは、ましだった。 

 いきなり、ジェイクは気体と液体の混じった、強力な嵐に襲われていた。
ジュリーの頭の天辺の髪から、前髪の方に吹き飛ばされていた。

 一本の毛髪を、命綱のようにして捕まえた。
溺れるものは、藁をも掴むという心境だった。

 その時、彼と髪の双方に、ヘアースプレーが再度降り掛かった。
通常のものではなかった。 超強力な形態の保持力を持ったものだった。

 ジュリーの愛液でさえ、彼をあれほど吸着する能力を持っていたのだ。
これは、彼を一瞬で硬化させた。 頭がくらくらとした。 失神していたのではないかと思う。

 やがて、髪型の小さな隙間から、前方を覗き込んでいた。
そこから、マスカラを付け始めるのが分かった。


 自分が頭部の広大な
髪の草原に、囚われの身になっていることを、虚しく認めざるを得なかった。







 驚異に打たれながら、標高600メートルはある美女の頭部からの景色を眺望していた。
化粧を終えるまで、一部始終を見物していた。



 鏡に向かって一回
ウインクをすると、彼女は振り向いて歩きだした。



 ジェイクは、風が自分にぶつかってくることで、かろうじて目眩が納まって来た。
自分が磔になっている髪も、左右にゆれるのを感じていた。


 それに合わせて、髪全体と頭部も、上下に動いていた。

 前に後に。 右に左に。 

 彼等は、ただ歩いているに過ぎなかったが。 



 彼は、ターニャの
ブラの中が、なつかしくなっていた。 


* * *


 ここで満喫できるものと言えば、新鮮な空気ぐらいだった。

 三人のルームメイトと二人のゲストは、「シグマ・チ・ハウス」のドアの前に歩いていった。
そこは、(彼は思い出したのだが)、週末を過ごすには、たいへん面白い場所だった。

 一階には、素晴らしいパーティ会場。
二階には、自由に使用できる小部屋がいくつもあった。

 すべての女が、自分とファックしたいものだと考えている男どもで、溢れていた。
彼は、このシグマで出会った子と、付き合っていたことがある、
無駄に浪費された青春時代に、何度もここに来ていたのだ。 

 彼は五人ならば、入場に何の問題もないということを知っていた。
結局の所、彼女たちは一人につき、少なくとも二個のおっぱいを持っているのだ。

 それは、このような自由なパーティに参加するには、十分に有効なチケットだった。

 彼女たちは、全員メイン・ルームに向かった。
ジュリーは、全景を一望するために、十分な距離を置いて立ち止まってくれた。

 彼は、ぎょっとしていた。
このような身体になってから、数人の男たちがたむろする現場は、何度か見たことがあった。

 しかし、ここには、これまで見たことがないような、多数の人間達が集合していた。
数十人の男神と女神が、一つの部屋の中に押し込まれていた。

 リンプ・ビズキットの「ヌーキー」を踊っていた。
その音量は、低空飛行をするセスナ機にダメージを与えるのに十分な、狂暴な音圧を生み出していた。

 彼女たちは、群衆を掻き分けて、樽を椅子にしたカウンターの所まで歩いていった。
あちこちで、ハイという軽いあいさつを交わしながら。

 自分が物体の大きさの尺度を、まったく考え違いしていたことに、ようやく気が付いていた。


 彼にとっては、もちろんすべての人間達が、途方も無い巨人だった。


 しかし、その巨大さにも、さまざまなレベルの差があるのだ。
その点を、ここしばらくの間、まったく失念していた。

 すぐに明らかになったのは、ジュリーが会場を、そぞろ歩きを始めたからだ。
彼女は本当は、とても小柄だったのだ。 せいぜい百五十センチメートルそこそこだろう。

 ジュリーがおしゃべりをしている間、彼はほとんどの少女たちの顎と、正面から向かい合っていた。
話は、彼の頭蓋骨から、皮膚を剥ぎ取ろうとするような強烈な「ねえ、元気?」という強風の攻撃を、
顔面に受けてから始まる約束だった。 これが三回もあった。

 男どもについては、アダムのリンゴ(のどぼとけ)と、向かい合っていた。
恐怖してはいたけれども、一方ではこの情況を愉しんでもいた。

 パーティを、ひとりの女の子の視点から眺めるというのは、初めての経験だった。

 奇妙な感じだった。

 ああ、もちろんジュリーが、「アイス アイス ベイビー」のダンスに真剣になった時には、
これを愉しむ余裕など、どこになかった。

 しかし、それが済むと、遥かに落ち着いて来た。 これは、慥かに興味深い体験だった。

 自分が行動の自由を奪われた状態でなければ良いのにと、思わずにはいられなかった。 
ジュリーが、一人の男の子を相手に踊り始めるまでに、小一時間が経過していた。

 ジェイクには、馴染みのタイプの男だった。
巨漢だった。 筋肉質で、そこそこのハンサムでもあった。

 彼とジュリーは、今のところ、舌先を啜り合っているぐらいの関係だった。
これもまた、まったく新しい経験だった。
しかし、ビールの匂いがするすごい息が、高原の別荘に吹き下ろして来るのは閉口だった。

 二人は、二階の小部屋に上がる階段の方に向かいながら、舌の結合部分を解除した。

 この男は、彼女の兄弟か何かに違いないと祈っていた。
ジェイクは二人が、ダンス会場を横断し、階段の方に向かうのを感じながら、そう祈っていた。

 ジュリーが、この男を突き放すのを見たときには、喝采を叫んでいた。
誇らしい気分だった、どこかの男の胸毛の生えた体など見たくはなかった。
もっと、悪い物を目撃する可能性もあった。

 ジェイクにとって幸運なことに、幸運な宝を発見したのは彼の方だった。
彼等は、再びダンスフロアーの人込みの中に入っていった。

 ジュリーが、ビールを何杯か運んでいた男に、激突されたのだった。
彼は、とても敏捷に旨くやった。 実際の所は、ほんの一滴か二滴を零したのに過ぎない。

 しかし、雫一滴といえど、ジェイクにとっては、束縛から解放されるのに十分な恵みの雨だった。
すぐに、接着剤を溶解してくれたのだった。

 ここ三時間の間に、二回目のことだった。 ジェイクは、自分が虚空に墜落していくのを感じていた。
大きなトラブルの渦中にいることが分かった。 少なくとも自宅から、一キロの距離に来ている。

 彼のサイズからすれば、一光年にも値する隔たりだろう。 

 地面に向かって、頭から先に落下していた。
しかし、すぐに一人の人間が脇を通過する上昇気流が、彼の身体を空中高くに、吹き上げてくれていた。

 このようにして吹き飛ばされるほどに、卑小な存在であった。
その現象は、数回連続して起こった。

 自分が、再度上昇することが分かるほどに、心にゆとりを取り戻していた。
その時も、そうだった。 陽気に騒ぐ人間どもを、遥か上空にいて見下ろしていた。

 それから、また下降を開始した。
急速に、小柄で黒髪の、ジーンズを履いた女の方に向かっていた。

「リンゼイ!」
 ジーンズの前のチャックの方に飛翔しながら、思わず叫んでいた。


 一分間というもの、思わず呼吸を止めていた。
間一髪の瞬間に、ジッパーの金具を、片手に掴んでいた。

 命懸けで、ジッパーの穴を両手で握り締めていた。

 それに包み込まれている、超巨大なヒップの動きは、無視することに決めていた。

 しばらくして、金具とボタンの間に開いたかすかな隙間に、ゆっくりと時間を掛けてよじ登っていった。

 身体を、上に動かしていった。 たっぷり十五分を掛けて、その場所に到達していた。
そして、自分自身の身体を、内部に押し入れていった。 パンティに跳躍した。

 その内部に入らなければならないと、心に決めていた。
ここで、こうしていなければ、パーティの会場から家に帰ることは永遠に不可能だったろう。

 生地の端を縫ってある糸と、ゴムにぶらさがっていた。
あの今では馴染み深い、濃厚な芳香が漂っていた。

 コットンの厚い障壁を透過して、それは匂っていた。
彼は、ゆっくりとゴムが造る境界線へと、身体を持ち上げていった。

 そこには、わずかだが恐怖の空隙が、口を開けていた。
もし、誤ってこの中に落ちたら、リンゼイのジーンズに包まれた脚を転げ下ちて、
この「シグマ・チ・ハウス」の床の上に、転がる羽目になるのだった。

 最後の障害に手を触れていた。
身体に残った最後の体力を振り絞って、内部に自分の身体を突っ込んで行った。

 彼は、たまらず意識を失っていた。
ゴミのようにパンティの底に落ちて行った。



 最後に、彼女が座らなければいいがと、ちらりと思っていた。


* * *


 数時間が経過した。 彼等はどこかに移動していた。 

 パーティの熱気は、宵の戸外の涼しい空気に場所を譲っていた。

 しかし、リンゼイの興奮のレベルは、上昇の一途を辿っているようだった。
ゆっくりと、ジェイクには、これが自分自身の存在の与える効果だと、分かり初めていた。

 もしかすると、そうかもしれないという自然な興奮のレベルから、
すでに彼の行為の一々に敏感に比例し、反応するレベルにまで達していた。

 誰かの低い声を、コットンとデニムの二重の厚い生地越しに耳にしていた。

 リンゼイが、この男を、ケイトの部屋にまで連れ帰ってくれる事を、ジェイクは期待していた。

 彼は、彼女と一緒にいなければならないのだ。
家に、帰らなければならないのだ。


 数分後、世界が裏返った。

 ベッドのスプリングが、きいきいと耳障りな悲鳴を上げるのが聞こえた。

 ジェイクは、彼女の茂みの一本の髪の毛にしがみ付いた。
クリトリスのわずかに北方の位置にいた。 ジーンズが脱がされる、激しい衣ずれの音がした。

 リンゼイが履いていた、青緑のトルコ石の色をしたパンティの生地を、透かしてくる光を感じた。


 不思議だった。

 彼の理解する手順では、次には、このパンティの生地を荒々しく引き裂くようにして、
今夜のリンゼイのデートの相手の男の顔が、遥か頭上に見えてくるはずだった。

 しかし、辺りはしんとしていた。

 彼が見たのは、巨大な青い瞳の片方だけだった。

 赤毛の束が見えた。

それは、途方も無い大きさのある片手によって、静かに脇に避けられていった。

 彼は、相手の顔を見た。 その所有者の正体が、すぐに判明した。



 ケイトだった。



 光が暗くなった。 



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完全なる人間
第4章・完



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