<警告します>これは成人向けの小説です。
あなたが大人で巨人女性が好きでも、これはかなり危険な小説です。
露骨な性の描写があり、暴力的な表現があります。
そういう世界を理解できる方のみ、お読みください。


《70マイルジェニー
パート1


                           原作・ヘディン
                           文・みどうれい



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ジェニーは昨晩その夢を見た。

いつもの彼女は夢など覚えていないのだが、この夢は特別だった。
夢の中のジェニーは、砂漠の町ペンティアムビルに行く道路をドライブしていた。
道路は町がある筈の場所で、突然無くなっている。
代わりに地面に、「深い黒い穴」があった。
彼女は巨大な穴の端に立って、そこを覗き込んでいた。
空には美しい星が輝いている。
それから彼女が深い眠りに落ちていった時、夢は闇の中へと消えていった。

ジェニーは好奇心の強い女性だ。
彼女は今までの経験から、自分の夢が現実に、よく起きていることに気がついていた。
しかし何かが起きた後に「こんな夢を前に見たわ」 と思い出す程度だったので、
彼女にとって、夢は何の意味もなかった。

目が覚めた彼女は、仕事に行くために夢のことを忘れた。
ジェニーは、アメリカ合衆国内陸部の小さな町に住んでいる。
彼女はすらりと背が高く、黒い髪をたなびかせている。
豊かな胸と、きゅっとくびれた腰が魅力的だ。
街を歩けば、すれ違った男の何人かが振り返る程、彼女は美しい女性だった。
彼女はこの街の総合病院に就職し、介護師の仕事をしている。
仕事中の彼女は、いつも大勢の病人や老人達の世話をするために忙しかった。

その日、ジェニーは夜の8時ごろに仕事を終え、家に帰ることができた。
食事をすませた彼女は居間でニュースを見た後、いつものように読書を楽しんでいた。
ジェニーはSF小説が大好きだ。
しかし今日の彼女は推理小説の名探偵、ミス・マープルになってみたい気分だった。
一時間ほど本を読んで、小説の中に暗い路地のシーンがでてきた時、
彼女は夢のことを思い出した。

あの夢には何か特別な意味があるような気がする。
(ペンティアムビルに行ってみよう。何か面白いことがあるかもしれない)
彼女は、ジーンズにブラウスという気楽な服装のまま、車のキーを持って家を出た。
いつもと違った夜を体験することに、少しだけワクワクしていた。

ジェニーの家からペンティアムビルまでは、車で1時間ほどの距離がある。
彼女がドライブに出た時、すでに周囲は夜の闇に包まれていた。
しかし空は星でいっぱいだった。

車が大きく揺れ、地面を照らすヘッドライトの光で、道路に大きなひび割れが
あるのを見た時、彼女は少しだけ憂鬱になる。
こんな凸凹の道路を走っていれば、いつかは車が壊れてしまうに違いない。
しかしジェニーの車は中古車だったので、彼女はあまり気にしないことにした。
彼女は穴ぼこだらけの道路を見ないで、美しい星座を見ながら運転した。

家を出て30分くらい後に、ジェニーはブレーキを踏み、車のスピードを落とした。
道路の先の地面が、深くえぐられている。
タイヤが悲鳴のような音をたて、自動車はちょうどその前で止まった。

夢で見たのと同じ 「地面の穴」 が目の前にあった。
それはすごく大きくて、月のクレーターのようにも見える。
ジェニーは車から降りて、穴の端まで歩いた。
深い穴を覗き込んだ彼女には、そこが世界の果てのように思えた。

夢と同じことが起こったのに、彼女はそれが不思議だと思わない。
ジェニーは、自分がまた夢を見ているような気がしていた。
彼女は周囲の暗さに目を慣らすために車に戻り、そのヘッドライトを消す。
そしてまっ暗な地面を慎重に歩いて、また穴の側に戻った。

数分後に彼女の目は暗闇に慣れてきた。
星の光だけで、この大きな穴の状況を確認できる。
どうやら、この地面の巨大な穴は、ずいぶん遠くのペンティアムビルの中心部まで、
飲み込んでしまっているようだ。
斜面はなだらかで、山道を降りるように歩いて、穴の底まで行けそうだった。

何かが起こったのは間違いない。
ジェニーは無謀にも 「穴の中を探検してみなければいけない」 と考えた。
サンダルを履いたまま、斜面を降りることは危険すぎる。
裸足の方がまだ歩きやすい。ジェニーは靴を脱ぐ。
サンダルを暗闇の中に置いていけば、後で探すのに困る。
彼女はジーンズのベルトに、靴の細い革紐をくくりつける。

それからジェニーはその穴を降り始めた。
穴のはるか奥で、何かが彼女を呼んでいた。
暗闇の中でも、穴の岩は自然の階段のようになっていて、普通に降りることができた。
地面は昼間の太陽のため、まだ暖かい。
彼女の足を傷つけるような、鋭く尖った岩は地面に無い。
何かとても非現実的な気分だ。岩を飛び越える夢を見ているように思える。

20分後に、彼女は初めて後ろを振り返った。
星でいっぱいの空の下、彼女は自分が300mくらい降りてきたことを理解した。
ジェニーは地面を見る。
傾斜は緩やかになっている。地面には岩があるだけだった。
それからジェニーは、またかなりの距離を歩いた。
歩いた時間を考えれば、ちょうどこの辺りに、ペンティアムビルの最初の家がある筈だ。
しかしそこには岩しかない。

ペンティアムビルの町は、直径10km以上で、深さが300mもある大きな穴を残して、
地面といっしょに消滅してしまっていた。
何故こんなことが起こったのか理解できない。

突然、暗闇の中で遠くの地面が青く輝いた。

ジェニーは、光り輝く部分がペンティアムビルの中心部の位置だと目測した。
すぐに光はより大きく強く輝き、周囲が明るくなる。
ジェニーは後ずさりしたが、すでに光は彼女を飲み込んでいた。

(私ったら、もしかして、とんでもない所に来てしまったのでは・・・)
彼女の頭の中に恐怖が走る。

しかし青い光の中は熱くも苦しくもなかった。けだるいような温かさだけがあった。
すぐに意識が薄れていった。ジェニーは青い光に包まれたまま、そこに倒れこんだ。
彼女の体に異変が起きていた。
未知の光は、その絶大なる力を彼女の上に働かせていた。


ジェニーの体は巨大化していた。


最初はゆっくりと・・・そして彼女の体は爆発的に大きくなった。
気を失って倒れているジェニーの体は、もりもりと膨張してゆき、ついには、
彼女が探検していた「直径十kmもある地面の穴」さえも、下敷きにして埋めてしまう。

空には星が美しく輝いている。
星の下にある町では、大勢の人々が安心して眠っていた。
そしてそこには、自分達にこれから起こる運命を知る者など、誰もいなかった。


* * * * *


ジェニーは目を覚ました。
青い光はもう消えている。星空の下でただ夜の闇が広がっていた。

(うそ・・・)
ジェニーは周囲を見て驚いた。
暗闇の中であったが、星の光で自分が別の場所にいると分かった。
彼女は地面の大きな穴の中を降りていたのに、そこは平坦な大地が広がっている。

ジェニーは起き上がる。
そして、ジェニーの足裏の感覚は、もう一つの事実を彼女に告げていた。
彼女は先ほど穴の中に降りる時、靴を脱ぎ裸足になっていた。
今、彼女の足の裏に感じる地面の感触は、先ほどまでと違っている。
硬い岩だった地面が、とても柔らかく感じられるのだ。

(やだ・・・どうなってるの、これ?)
素足の下には、地面のほんのわずかな凸凹さえ感じられない。
明らかに、ここは別の場所だ。
彼女の車も何処にも見えない。このままでは家に帰れない。
夢を見ているような気分で、冒険を楽しんでいた高揚感は消え失せた。
あまりの不安に、ジェニーは少女のように怯えていた。

「誰か・・・、誰かいませんか!返事してください!」
ジェニーは泣きそうになりながら叫ぶ。
もちろん、彼女に返事をする者などいない。

ジェニーは困惑していた。
いったい何が起こったのか?あの青い光は何だったのか?
秘密の核ミサイル基地が、ペンティアムビルにあったのかも・・・。
地下で爆発が起こり、それであんな青い光が見えたのか・・・。
もしそうなら、少なくとも半径数十kmの全てが、放射能で汚染されていることになる。
彼女の顔は引きつっていた。
ジェニーは自分の体に触って、異常が無いかを確かめた。
何も変わっていない。
家を出た時のように、彼女は白いブラウスと青いジーンズを着ている。

SF好きな彼女は、宇宙人の存在を思い浮かべる。
あの「青い光」は反重力ビーム・・・物の移動ができる特殊な光線だったのでは・・・、
宇宙人が人間を調査するために、彼女を捕らえて宇宙船の中に運んだ?

ジェニーは空を見上げて、自分の知っている星を探す。
白鳥座が目についた。他にも彼女の知っている星座が見える。
ジェニーはため息をつく。星空は変わっていない。
彼女はまだ地球にいた。宇宙人の星に来たわけではなかった。
おそらく彼女は、何らかの理由で別の場所に運ばれたのだろう。
幸い、体には危害を加えられなかったようだ。

ジェニーは後悔していた。
夜中にドライブをするなんて、何故そんなバカなことを考えたのか?
とにかく、じっとしていても意味がない。
彼女は電話のある場所まで歩くことにした。
ジェニーは空の星を見て南の方角を確認し、そちらに向かって歩き出した。
道路がその辺りの何処かにあるような気がした。


* * * * *


保安官助手のシェーンはその夜、道路脇に止めている彼の車に座っていた。
彼はラジオの心地よい音楽を聞いて、リラックスしていた。
彼は夜のパトロールが好きだった。
夜がいつも今日のように平和だったら、彼は砂漠の道路をドライブして家に帰れただろう。

しかし彼の仕事のほとんどは、犯罪や騒ぎを起こす連中のために忙しかった。
酔いどれ亭主に殴られて、病院に行かねばならない妻からかかってくる
「実に情けない泣き言の電話」は、いつもシェーンを悩ませてくれた。
シェーンは 「今日だけでもいいから、このまま夜が平和に終ってほしい」 と祈った。

彼は空を見上げた。彼は穏やかな時間を楽しんだ。
突然、空の星が見えなくなり、彼は竜巻の轟音を聞いた。
大地を砕くような雷鳴の中、何が起こったのか知る時間さえないうちに、彼は踏み潰された。


* * * * *


モートンは地震を感じた。
隣の州から荷物を運ぶのが、モートンの仕事だ。
彼はその夜もトラックの運転をしていた。モートンは嵐の轟音も聞いた。
彼は慌ててハンドルを握り締め、トラックの進路を風の向きに合わせようとした。
数年前、同じ道路で突然の疾風に、車が横転しそうになり、
モートンは「砂漠の風」を侮ってはいけないことを、よく理解していた。

しかし今回の疾風は、以前彼が体験した風とは、速度も破壊力も桁違いだった。
すさまじい雷鳴と共に、彼の体はハンドルを掴んだまま、トラックごと砕け散った。


* * * * *


二、三歩前に進んだジェニーは、地面で、何かが薄く輝いているのに目をとめた。
(やだ・・・?地面に何かいるの!)
身震いがジェニーの体を走る。この砂漠には光る虫がいる?
もしかしたら毒虫かもしれない。そして彼女はまだ裸足でいる。
もし地面にいる虫を踏んでしまったら・・・。

(ちょっと、冗談じゃないわよ!)
ジェニーはジーンズのベルトに括り付けていた彼女のサンダルを外し、それを履く。
これでもう安心だ。
サンダルの靴底は彼女の足を、虫から守ってくれるだろう。

砂漠に潜む虫に自分が刺されるかもしれない!
その想像は一瞬ではあるが、ジェニーをひどく驚かせた。
彼女はそれが無性に腹立たしくなった。
ジェニーは闇の中で「かすかに光る地面」を、靴で素早く踏みつけた。

彼女を脅かした悪い虫は、踏み潰してしまえばいい。
ジェニーは、虫どもに慈悲をかけてやるつもりなど、全く無かった。

(あら・・・?)
ジェニーは違和感を覚えた。靴底に何も感じられなかったからだ。
虫を踏み潰したのなら、ぷちっという感触がある筈なのだが、それがない。
彼女は足を上げてみる。
そこに光るモノは、もう存在していなかった。

(虫じゃなかったのかしら・・・?)
ジェニーは漠然と想像していた。
名も知らない砂漠の虫・・・、
それは、自分の体の一部を光らせて、他の虫を引き寄せ捕らえ、食べているのだと。
貪欲な虫に違いない。
そしてあろうことか、彼女を刺そうと狙っていた。
許すわけにはいかない。ジェニーの足に踏み潰されて当然だ。
しかし・・・、そんな虫は存在していなかった。

少し先の地面に、もう一つ、かすかに輝いている別の部分がある。
彼女はそれを見つめる。
それは牛乳ビンのフタより、少し小さいくらいのサイズだった。
そこには、空の星のような淡い光が揺らめいている。
好奇心にかられたジェニーは、そこにしゃがみこんだ。
太腿の間から、地面の上の光り輝く物を見下ろす。

(何・・・これ?)
ジェニーは考え込んだ。
今までにこんなものを見たことがない。そして何かが変だった・・・。
ジェニーは自分が何を見つめているのか、分からなかった。

彼女はその光り輝く物をよく見るため、四つん這いになり、顔を地面に近づけた。
しばらくして目の焦点が合い、その小さなモノを観察できるようになった。
地面の明るい部分には、網目のように交差した小さな線のような模様がある。
それは、壊れやすそうで宝石にも似ていた。
そしてそれは、とても小さかった。

彼女はこの薄い光を、指先でつついてみたくなった。
ジェニーが指を下ろしたなら、彼女の指先は、そこの1/3を完全に覆ってしまうだろう。

彼女は右手の人差し指を、そこへ伸ばした。





ジェニーは、自分の心臓がドクンドクンと音をたてて鳴っているのを感じていた。

興奮していた。
彼女の爪は明るい色のマニキュアが塗られている。
地面の輝きは、綺麗な爪を少しだけ照らした。
地面の上に柔らかい埃のような物が舞い上がる。

彼女の指は地面に触れた。


* * * * *


2度目の地震が町を襲った時、簡単に潰れてしまう家が、最初の地震の10倍はあった。
誰も砂漠のこの町で、こんなに強烈な地震が起こるとは想像すらしていなかった。
ライリー保安官は、同僚のジミーから無線連絡を受けていた。
彼は信じられない話をライリーに伝えた。
ペンティアムビルが消えてしまったというのだ。

ジミーの話によると・・・、
突然、町中を覆う青い光が空を走った。
それからその光はすぐ見えなくなったが、全ての電話回線が不通となった。
ラジオも止まって真っ暗闇の中、突然の地震がペンティアムビルを襲った。
もの凄い揺れが、1秒もたたない間に、あらゆる家をぺしゃんこにしたので、
市民のほとんどが生きてはいないだろう。 ジミーはそう言っていた。

地面が大きく傾き、家が崩れて、その残骸は道路を横切って滑り始めた。
ホテルの下のガレージにいたジミーは、まだ幸運だった。
他の20台あまりの車といっしょに、彼と彼の車はガレージの入り口を破って、
滑っていったが、運よく彼はシートベルトを締めていたため、ほとんど怪我が無かった。
しかし車は完全に壊れてしまった。そして青い光は消え失せた。

その後、別の大きな地震で、車はガレージの端に寄せ集められた。
次に核爆発のようなすごい轟音が響き、何回かの大きな揺れの後にそれは終わった。
まるで街全体がひっくり返されて、再びゆり戻されたようだった。
町中の電気は消えていた。
ジミーは車の中にあった懐中電灯を点けて、自分の周りを確認した。
ホテルが無くなっていた。ガレージのあったところにその土台らしき物があった。

ジミーはホテルの周りを見つめた。そこには建物の残骸さえない。
まるでハリケーンが何もかもを吹き飛ばしたかのようだった。
残されていたのは、無茶苦茶に破壊された街灯と道路だけだった。
それから彼は警察無線でライリー保安官に連絡をしたのだ。

ライリー保安官はジミーの言葉を信じた。
しかし彼にはどうして良いのかが分からなかった。
そして彼は自分に迫っている運命に、まだ気がついていなかった。

その時、突然の大地震が街を襲った。
全ての照明が消える。それは信じられないくらい大きな揺れだった。
保安官と同僚達は、みんな道路に飛び出した。
彼らは、崩れてくる事務所の天井の下敷きになって死ぬのは、真っ平だった。

彼らが外に飛び出した時、彼らは星空が黒くなるのを見た。

頭上で、「何か巨大で黒いもの」が動いている!

ライリー保安官と彼の同僚達は凍りついた。

彼らは彼らの上に何かが降りてくるのを見て、恐怖のため大声で叫んだ。
1秒の十分の一にも満たない時間で、建物は潰された。
すぐに彼らの町の残りと共に、男達は地面に押しつけられ捻り潰された。
ほんの3秒ほど後に、町の残りの半分も潰された。

残った人々は、「巨大な丸い形の何か」が彼らに向かって来るのを見た。
彼らは何が起こっているのか、理解できなかった。

その巨大な物の表面を覆う「高さ9メートルの丸い壁の模様」は、
気のせいか、いつも見ている物のような気がした。

巨大なピンク色の固まりが落ちて来て、情け容赦もなく彼らを押し潰す前に、

「その丸い壁の模様が、巨大な女の指紋だ!!」

と、気がついた者は、何人いただろうか?


* * * * *


(悪いことしちゃった・・・)
ジェニーは少しだけそう思った。
彼女は指先で地面の光る部分を触った。
マニキュアを塗った爪の指に当たると、すぐ地面の光の右半分が暗くなった。
彼女はそれが 「死んでいく・・・」 と思った。

指の下でなにか薄いものに触る感触がわずかにあった後、
それは1秒もたたないうちに消えて無くなった。
彼女は地面の黒くなっている部分から、人差し指を持ち上げて、
そしてまだ明るいままで残っている部分の上に指を動かした。

それから、ジェニーは再び指を下ろす。今度はより慎重に・・・。
しばらくの間、彼女の指の下に、わずかな抵抗のような感じがあった。
しかし、その感触はすぐに無くなり、光の全てが見えなくなる。
彼女は地面の上に柔らかい埃が舞い上がるのを見た。
見たこともない光はあまりに小さすぎて、彼女の指に触っただけで消えてしまった。

(アリの使っている小さな明かりだって、こんなに弱くはないわ)
彼女はそう思った。

それから彼女は、あまりにも無力なそれに、罰を与えるかのように、
右手をパンチの形にして、握りこぶしで、地面の上を軽く叩いてみる。

かすかな埃が舞い上がる。地面は本当に柔らかい。
手を上げて地面を見る。
そこにはジェニーの 「握りこぶしの跡」 がくっきりと残っていた。


* * * * *


その日、ウェスリー・ターベンは酔っぱらっていた。
いや「その日酔っていた」という表現は適切ではない。
昨日も一昨日も三日前も、そのずっと前から、彼は酒に酔っていた。
2年前にウェスリーは、事故で最愛の妻を失った。
それから彼はすっかり人間嫌いになり、砂漠の中の一軒家を買い、
わずかな貯金をたよりに、酒びたりの生活をしていた。
町には、ただ食べ物とウイスキーを買いに行くだけだった。

「酒さえ飲まなければ、いい男なのに」
ウェスリーのことを、そう好意的に言ってくれる友人もいた。
しかし今の彼は毎日酒を飲んでいたので、その言葉に何の意味も無かった。

その日も、彼は家の前の道路脇でぶっ倒れていた。
最後のウイスキーのビンが空になったので、彼は町に酒を買いに行こうと家の外に出た。
しかし完全に酔っぱらっていたウェスリーは、歩くことさえままならない。
彼は四つん這いになり前に進もうとしたが、やがて動くのも面倒になった。
それで彼はそのまま寝てしまったのだった。

突然、地面が大きく揺れ、ウェスリーは驚いて飛び起きた。
飛行機が飛んで来る轟音を聞いた時、彼は昔の戦争の写真を思い出していた。
彼は転がって異様な声で叫んだ。
「うわわあぁあ、うらるうりゃぁぁぅ、ひひいぃぃ!??」
飛行機は彼の家の上に爆弾を落とした。

ズドドドオオオオォーーン!!

衝撃音と同時に、家は瞬時に砕け散った。
ウェスリーは宙に飛ばされ地面に投げ出される。大地が飛び跳ねていた。
家の壁が飛んで来て、彼はその下敷きになる。
その後、何回かの大きな衝撃があった。
彼のほとんど聞こえなくなった耳は、飛行機が去っていく音を聞いていた。


* * * * *


ジェニーは立ち上がって、少し歩いた。
しかし暗闇の中、道路や車を見つけられるわけがない。
彼女は、明日も朝から働かなければならない。
病院での介護の仕事は、若く健康な彼女にとっても重労働だ。
眠っておかないと、体がもたない。
彼女は悪態をついて、ここで寝ることにした。

(・・・やだな、地面で寝るのは)
きっと背中が痛いに違いない。ジェニーはそう考え、うんざりした。
しかし、しぶしぶ横になった彼女の体は、地面にぴったりとフィットする。

そこには何の抵抗も痛みもない。頭、肩、背中、腰、脚までも、
地面はちょうど彼女の体の線にそってめり込み、ジェニーを優しく受けとめる。
奇妙な違和感があった。
(何よ、これ・・・、ここは本当に何処なの・・・?)

ジェニーは目を閉じた。こうしていると、色々な不安が頭をよぎる。
寝ている彼女を、地面の虫が刺すかもしれない。
彼女は耳をすまし、周囲の気配を感じようとした。
そこには恐ろしいまでの静寂がひろがっている。
生き物がいる気配は感じられない。

すぐに他の不安がジェニーの心を襲う。
たとえ朝になっても、車を見つけて仕事に行くのは不可能だろう。
職場に連絡する方法もない。彼女は泣きそうになる。

「あーもう、誰かウソだと言ってよ!」
ジェニーは声を出してぼやく。とにかく今は眠るしかない。
朝になれば、誰かが彼女を見つけてくれるかもしれない。
ジェニーはすぐに眠りについた。


* * * * *


ウェスリーは、体の上の残骸をはね飛ばして起き上がった。
爆発の衝撃で、しばらくの間、意識を失っていたようだ。
ウェスリーは、服についた木のくずと小さな石を払い落とす。
彼の体のあちこちが木の破片で傷ついていて、服もずたずたになっている。
体の節々が痛んでいたが、ウェスリーはそれを我慢するしかなかった。

「ちくしょう・・・何が起こったんだよ」
周囲は先ほどの爆音と衝撃が嘘のように静かだ。
ウェスリーは、彼の家があった場所に歩いた。

爆発は岩だらけの地面を引き裂いていた。





彼は少なくとも幅90cmもある地割れを、踏み越えなければならなかった。
運良く彼はまだその深さについて考えられない程、酔っぱらっていた。
地面の中に埋め込まれた太い柱は、まだ倒れずにそこにあった。
しかし突風は地上から30cmより上を、全て削り取っていた。

ウェスリーは残骸の中で、作業用の道具箱を見つけた。
それは置いてあった場所から少なくとも6mは飛んで、彼の前に転がっていた。
彼は箱を持ち上げ、その中の懐中電灯を取り出した。
ガラスは割れていたが電球は無事だったので、彼は電灯を点けた。

周囲が少しだけ明るくなる。
酔っていた時、彼はネズミを怖がらせて追い払うために、これを使っていた。
今、彼はそのバカバカしい習慣のため、懐中電灯が存在していることを感謝した。
地面は瓦礫で覆われている。
家の木の部分は、ほとんど何処かへ飛んで行っていた。
彼のいる所から15mくらいの場所に、家の屋根だった砕け散った残骸があった。

ウェスリーは再び歩き始めた。
今回、彼は大きな地割れを踏み越えなかった。
懐中電灯の光で、それが少なくとも深さ5mはあることを知ったからだ。
それから彼は彼の家の前に立ち、その向こうを見た。
東と西に向かって、遥か彼方にまで伸びている岩と瓦礫の山がある。
それは高さが60mくらいはありそうだった。
彼の家は瓦礫によって埋められたか、あるいは爆発によって吹き飛ばされていた。

ウェスリーは高さ60mのその丘を登り始めた。彼がその頂上に登った時、
月の光で彼は、今まで見えなかった大きなクレーターのような物を見ることができた。
彼はそれを信じることができなかった。酔いはもうすっかり醒めていた。

直径3マイル(約4.8km)はありそうな奇妙な形のクレーター・・・?

その大きな地面の穴は、円形というより、長方形に近い形をしている。
ありえない!
彼が立っていた瓦礫と土の丘は、普通の形をしているので、
もしかしたら爆風か何かで、こんな丘ができる可能性はある。
しかし彼の前に存在しているクレーターは、自然現象で、できるわけがない。

地面はある部分からいきなり500mくらいめり込んでいる。
そして奇妙なことに、クレーターの中はさらに4つの渓谷の形に分けられていた。
渓谷の一つ一つがまるでグランドキャニオンのように大きい。
絶壁の一部は壊れていて、そして瓦礫ともっと大きい岩がはるか下に落ちている。
地面には無数の亀裂が走っていた。

ウェスリーは振り向いて、彼の家の敷地を割った地割れが、
彼の位置から今見える4つの渓谷に比べたら、小さなひびだったことを知った。
こんなことが起こる筈はなかった。彼は事実を知りたかった。
穴の側面は絶壁の部分が多かったが、遠くにゆるやかな傾斜の場所もあった。
彼はそこまで歩き、わずかに残っていた酔いをたよりに、穴を降り始めた。

30分後、ウェスリーは苦心の末、クレーターの底に降り立った。
それでも彼はこの現象を説明することができなかった。
地面は硬い岩だ。岩が地面にめり込むなどありえない。
そして地面には不思議な模様がある。
それは十数メートルの間隔で、地面が大きくめり込んでいる部分と、
盛り上っている部分が並んでうねっていた。
ウェスリーには、その模様が何を意味するのか分からなかった。

彼は隕石が落ちて、このクレーターを作ったかもしれないと、想像することはできた。
しかし彼はそうではないと、直感していた。
隕石が落ちたのなら、この穴の中央に痕跡がある筈だが、それがない。
この穴は「何か巨大な物」が凄まじい力で地面に押しつけられて、できたとしか考えられなかった。
ウェスリーは宇宙人の侵略を想像したが、それ以上は頭が回らなかった。

ウェスリーはどうしようもなく、へたり込んだ。
彼はまだ自分が酔っぱらっているのだと思った。
固い地面の上で、寝ることにした。
目が覚めれば、いつもと変わらない毎日が始まるだろう。


* * * * *


朝になった。太陽が空を照らしている。
砂漠の向こう側で緊急連絡がされていた。午前5時30分くらいに、
人々はジープに乗って、被害の状況を調べるために事故現場に向かっていた。

朝日の明るさに、ウェスリーは目を覚ました。
よく晴れた青い空に、白い雲が浮かんでいる。
悪夢のためか頭がずきずきと痛む。
そして彼は昨夜見た夢と同じように、見知らぬクレーターの底にいた。
冷静になった彼は、何が起こったのかを知ろうと決心した。
彼は岩につまずきながらも、地面に不思議な模様のあるクレーターの底を進んだ。
昨日降りた瓦礫の山と反対側の、傾斜のややなだらかな所を探し、そこを登る。

ウェスリーはこの山の向こうに、彼が真実を知る何かがあるに違いないと考えていた。
昨日無理に岩壁を降りたため、彼の体の節々が痛かった。
彼の喉は渇いていたが、そのためにウェスリーが山を登るスピードはより速くなった。
30分後に、ウェスリーは山の上に立っていた。
そして彼はそれを見た。


* * * * *


朝日の光がジェニーの鼻をくすぐった時、彼女はいつもより早く目覚めた。
ずいぶん長い間、眠っていたような気がする。
彼女は仕事に行くため、いつも朝7時30分に起きるようにしている。
ジェニーは起き上がり正座をして、眠い目を擦る。
あくびをしながら、自分の車がどうなったかを考えていた。


* * * * *


ウェスリーは腰を抜かした。
それから、彼は岩の1つに座り込んで、それをもう一度見つめ直した。
彼は自分のいる場所から100マイルも離れたところにある高い山脈のようなものを見て、
「心臓マヒで死ぬ」と思う程のショックを受けた。

それはまぎれもなくそこに存在していた。
そして、それは山ではない。はるか遠くに、巨大な脚があった・・・。


白いブラウスとジーンズを着た巨大な女性。


彼女はその足に、とてつもなく大きいサンダルを、革紐で括りつけていた。
地平線に沿って、横たわっている大女の驚異的な体重は地面をめり込ませている。
ウェスリーはとても信じられずに、恐ろしい巨大な肉体を見続けた。
彼は身震いをし始めた。

彼女は身長が・・・、何十マイルもある。

ウェスリーは自分の予想を証明するために、彼女の身長を測れるものを探す。
彼は道路脇に電柱を見つける。
それは発電所から送電線を、砂漠の都市まで繋いでいた。
電柱は、およそ90mごとに建てられていることを彼は知っている。
ウェスリーは立ち上がり、それを数え始めた。
電柱は信じられない数だった。とても数えきれないので、彼は途中から目測する。
少なくとも1,000本以上の電柱がある。そして彼女の身長はそれよりも大きかった。

70マイル・・・。

それは物理的にありえない身長だ。
しかし彼女は身長70マイルだった!!
信じられない。ウェスリーは座り込んだ。

あまりに大きすぎるので、彼はもっと分かりやすい数字で計算し直すことにした。
彼は地面の上に指で数字を書く。
ヨーロッパの規格がもっと簡単だ。
5フィート8〜9インチは・・・だいたい175cm。
そして70マイルは・・・?1マイルの長さは約1.6km、70マイルは・・・112km、
1.75mよりどれくらい大きいのか?
1分後に彼は計算をして、ため息をついた。

人間のサイズの6万倍以上もある!!

それから彼女の体重は?
彼女の姿は健康的で、服の上からでも肉感的なボディをしているのが、よく分かる。
おそらく人間だった時の彼女は、体重75kgぐらいはあっただろう。
その前に彼女は人間なのか?
いや、考えるのをやめて計算をしよう。

75kgの60,000倍・・・いや、その60,000が三乗するのだから・・・??!!

6万の6万倍の・・・さらに6万倍!!

75kgの216,000,000,000,000倍・・・。

体重は216兆倍??

とても…彼女は巨大…存在することが…でき…ない…。

彼女は「小惑星」と同じくらいの体重がある!!


その時突然、彼女は起き上がり、そこに座った。
それは驚くべきパワーだった。物理の法則を無視している。
こんなに大きいものが、ごく普通に動くなど考えられない。
超音速で彼女の頭は持ち上ったのだ。
彼女はまだ眠いらしく、右手で両目を擦っていた。

その時ウェスリーは、彼女のしなやかな右手の指を注視した。
彼の頭の中で、何かが引っかかっていた。
人差し指、中指、薬指、そして小指・・・彼女の4本の指・・・?
それは何処かで見たような気がする形をしていた。

なんだ、彼女の指がどうしたと言うのか・・・?
人の握りこぶしは、幅、8センチくらい・・・、
彼女は人間の身長の6万倍の大きさがある、
8センチの6万倍は、約5km・・・、そうだ、サイズも合致する!
ウェスリーは、ようやく何が彼の家を壊したかを知った。

昨晩、彼女はボクシングのパンチをするように、握りこぶしを地面に押しつけたのだ。
おそらくは、ただの戯れだろう。

あの直径5kmもある、地面の巨大な穴!
隕石の衝突でも、宇宙人の仕業でもなかった。
あれは彼女の手の跡だった。
そこにあった4つの渓谷は、彼女の4本の指の形に、地面がめり込んでいたのだ。
そして地面にあった高さ十数mの不思議な模様は、指のしわの跡だった。

何ということだ!彼女はただ大きいというだけではない。
信じられないくらい強い!
人間でも、土か砂の地面なら、手形を作るくらいはできるだろう。
しかし彼女は握りこぶしで、硬い岩を500mもめり込ませてしまった!
想像を絶する力だ!

グランドキャニオンのように、大きい穴を地面に作ったのに、
彼女の手の指は、まったく傷ついていない。
なんと強靭な肌なのか。とても抵抗できない!

ウェスリーは運がよかったのかもしれない。
彼女はとんでもなく大きく、体重も凄まじい。
もし彼女がウェスリーの家の近くを、巨大な足で踏みつけていれば、
その凄い衝撃で、彼の体は瞬時に砕け散っただろう。

しかし、彼女は地面に手で触れただけだった。
おそらく、それほど力を入れていなかったのだろう。
地面はめり込み、家は壊れたが、彼女はゆっくりと、それをやってくれた。
おかげで、ウェスリーは生き残ることができた。

やがて完全に目が覚めたのか、巨大な彼女はそこで立ち上がった。
ウェスリーは彼女の足の動きによって、引き起こされる地震を感じていた。
彼は自分が虫になったような気がした。
100マイルも離れたところで、巨大な女が立っている。
ウェスリーは雲のはるか上に、ぼんやりと彼女の頭を見ることができた。

彼は彼女の足を見るためだけでも、大きく首を上げる必要があった。
彼女のサンダルは、靴底を細い革紐で足に括りつけるタイプだったので、
ウェスリーは靴の上の巨大な裸足を、はっきりと見ることができた。

そして何ということか・・・、
こんな時でも、彼女の素足は女性らしく、美しかった。

ウェスリーは恐怖に震えながら、彼女のかかとを見つめる。
それは地面の上、高さ3マイル(約4.8km)はあった。
それから、彼は彼女の足指の上を当てもなく見つめた。

巨大な足指は白いサンダルの上に乗っていて、高さは1マイル(約1.6km)もあった。
親指にいたっては、2マイル(約3.2km)も上にありそうだった。
彼は自分がとても小さいのだと実感した。

突然、彼は別のことを考えた。
どうも大女は、自分の大きさに気がついていないようだ。
彼の見たところ、彼女は人間に違いない。
異星人が黒い髪で25歳くらいの、遊び好きな雰囲気の女性に似ていたのではない。
大自然のいかなる悪戯か・・・、
普通の人間だった彼女は、何らかの理由で大きくなったのだ。

ウェスリーは 「彼女は自分のように小さい人間を見分けることができない」 と考えた。
彼女にとって、人間は何百万もの小さい埃だった。
そして彼らの家も同じ埃だった。
ウェスリーが砂漠を歩いた時、「砂の中に人間がいる」 と考えたことがあったか?
巨大女にとっては、都市の一番大きい超高層ビルでさえ小さすぎて、
たとえ踏みつけたとしても、彼女は気にもしないだろう。

彼女は地平線を見渡した。大きな左足が空高く持ち上がる。
無数の小さい電柱を踏んで歩き出す。
巨大で力強い彼女は、地面の電柱にさえ気がつかない。
大地は彼女の凄まじい体重の下で震動する。

彼女のかかとは地面に大きな足跡を残していた。
信じられないことに、大地が砕かれる時、地面の上を雷が走っている。
彼女の歩幅の最も小さなものでも、長さ30マイル(約48km)はある。
ウェスリーは今、彼女からおよそ150マイル(約240km)離れたところにいた。
彼女は砂漠を歩いていった。
巨大な足は地平線の向こう側に、踏み降ろされている。



彼女はすぐに都市に行くだろう。



(パート2に続く)





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