マチスンの主題による変奏曲第2番 後編
(四十センチメートルの頃に)


CLH 作
笛地静恵  訳


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「さあ、これでいいわ」
 万力のような指の力が、彼の薄い両肩を掴んでいた。

 スコットを両腕に抱え込むようにした。
片手で無造作にタオルをひっぱった。

 
全力で抵抗はしたが、簡単にひきはがされしてしまった。
胸元のうっすらと汗の浮いた膚に、有無を言わせずに押しあてるようにして、きつく抱擁されていた。

「そして、たしか、こうするんだったわよね」
 自分自身に言い聞かせるように、つぶやいていた。
胸の谷間に、深く埋めるような位置にくるように、さらに動かされていた。

 肉付きの豊かな大木のような太さの両腕に、身体はだかれたままだった。
その直径は、平均しても四、五十センチはあるだろう。 だから、
彼の小さなヌードの身体の後半分は、腕のたくましい筋肉のなかにくるまれるようになっていた。

 前半分は、乳房の谷間に、はさまれていた。
白い素肌が、スコットの視野の全体を、壁のように覆い隠していた。

 なにしろ彼にとっては、周囲が四百センチのバストである。
彼が二人いたとしても、両手を回しても、抱えきれないほどの
巨乳なのだ。


 
深い谷間だった。


 たぶんこれは、乳児が母親に対して感じている大きさなのだろう。
スコットはそんなことを考えて、自分を冷静に保とうとしていた。

 いや、きっとそれ以上なのだ。
新生児でさえ、今の彼と比較すれば、四倍ぐらいの体重があるはずだった。

 それだけ、彼の方が華奢で小さいのである。
スコットにとっての全世界が、テレーズの
熱い胸だけで占領されていたとしても、当然のことだった。

 素肌は、しっとりと汗ばんだ彼女のそれに、ぴったりと吸い付くようだった。
白いベッドの敷布よりも、広い面積のあるタオルが、ふわりと顔にかかった。

 テレーズの心配りなのだろう。 彼の困惑した表情が、それで、なんとか覆い隠されていた。


「さてと、何分間か、こうしていましょうね。
肌と肌を、密着させているのが、悪寒を追い払うには、一番効果的な方法だって、習ったわ。
十代のころの、サマー・キャンプでね。 どうかしら。 スコット。 あなた、氷みたいに冷たいわよ」

 テレーズは、彼のショット・グラスを持ち上げると、残った分を一口で飲み干した。
喉が大きくごくりとなった。


 
それから、スコットを抱いたままで、軽々とリビング・ルームにまで運んでいった。
たぷたぷと乳房が揺れていた。 やわらかく彼の身体を打った。

 彼女が、籐の肘掛け椅子に、深く腰を下ろしたのだった。
ここは家でくつろいでいる時の、ルイーズの定位置だった。


 彼は、ものをしゃべることもできなかった。
自分の内に沸き上がる感情の大波を、抑圧することで精一杯だったのだ。

 孤独な夜に、ルイーズの
豊かでふくよかな胸で、こうして眠りたいと何度思ったことだろう。
しかし、それは彼にとって文字通り高嶺の花だった。 手の届くところにはなかった。

 それにしても、こうしていると、母親という巨大な存在に守護されている、赤子の安心感が、
本当にはっきりと理解できるような気がした。

 いや、そうではない。 彼は、乳児以下の卑小な存在だった。
一歳で足が立つようになれば、授乳期の子供でさえも、
体力的に容易に彼を圧倒することができるだろう。


 ともあれ、戸外の寒気も雨も、この暖かい領域までは、侵入できない。
これは悪くなかった。問題は、今の彼が、無垢な幼児ではなくて、成人の男性であるということだった。

 まるで北欧神話に出てくる、
巨人族の女の抱擁を受けている人間の男になった気分だった。
ヌードのボディの前面は、残るくまなく、熱いしっとりとした胸元の皮膚に、押しつけられている。

 左右の乳房の隆起は、片方だけでも、彼よりも遥かに大きかった。
重量は、たぶん何倍もあるだろう。
ブラジャーは、彼自身をすっぽりと包みこめる黒い布の袋のようだった。

 彼の両手両足の側面は、
マンモス・サイズの乳房の肉の球体の、しっとりとした濃やかな内側の
皮膚に触れていた。

 スコットは、馬の背中に跨がるように両脚を開いて、その胸の斜面に登れそうだった。
出来ることのすべては、性器がこれ以上素肌に触れて、いたずらに刺激されることがない位置に
くるように気をつけることだけだった。


 彼の視線の先で、膨大な肉の重量を支えるために、黒いブラの紐がぴんと延び切っていた。
二分の一カップのブラは、テレーズの肉塊の下半分と、乳首までをかろうじて隠しているにすぎない。

 彼女が正しいことは、明白だった。
肌は内部からの火に、溶鉱炉のようにかっかと燃えて熱かった。

 大量の酒が、血液の中を音を立てて、循環しているのだろう。
肌のぬくもりが彼の骨にまでも、ゆっくりと染み透ってくるようだった。
二つは交じり合い、体温も徐々に上昇していくようだった。


 あの外の惨めな時間の後では、ここは天国だった。
彼は身体の右側に、彼女の左胸の雄大で荘重な心臓の、ゆったりとした鼓動のリズムを感じていた。
この巨体を動かしている、疲れを知らぬポンプの存在だった。

 しかし、さらに思わぬ伏兵が潜んでいた。
スコットも、それには始めから気が付いていたのだ。

 彼女のいつも身に付けている、シャネルの香水以外の薫りに、注意を向けないようにしていた。
できるかぎりの努力はして来た。
 強いて、ブラウスの生地を柔らかく仕上げている、洗剤の匂いを嗅ぐようにもしていた。
石鹸とバス・オイルの花のような薫りを、静かに鼻孔に吸い込むようにしていた。

 けれども、それらに集中しようとしているのにもかかわらず、彼女の腕の付け根からたちのぼる、
女らしい臭気も同じように、鼻孔の粘膜を刺激してくるのだった。
それを無視することは、物理的にできない状況だった。

 脇の下の秘めた場所から、彼の敏感な鼻までは、
乳房という名前の、標高二十センチは
ある高い肉の山を隔てていた。 それでも、直線距離にしては、数十センチに満たなかった。

 ノーマルな人間の現実の世界では、ほんの数センチしか離れていないだろう。
それらは、お互いに微妙に交じり合って、濃密な女らしい芳香を作り上げていた。

 通奏低音には、いつも腋臭の重い薫りの海があった。
それ以外は、この海の島に咲く花の香のようだった。 薫りの交響曲といって良かった。

 ルイーズのものとも明白に異なる、テレーズ独自のものだった。
ルイーズを火だとすると、テレーズは熱帯の海だろうか。


 彼は、仕事や日常生活の間にも、テレーズからふとした機会に、この匂いを嗅いだ記憶が
何回かあった。
忙しく働いた後とか、暑い日の午後のオフィスで。 彼女は、もともと体臭のきつい体質だった。

 しかし、あれが何十分の一にも希釈されたものであったとしたら、今日のこれは原液だった。
何十倍も強かった。男を興奮させるフェロモンが、そこには濃厚に含まれていた。

 何よりも悪いことには、腋臭もふくめてこれらすべての臭いは、テレーズには、ほとんど何も
感じられていないだろうという事実だった。

 抗議することはできなかった。 彼の鼻孔が、繊細に過ぎるだけだ。
久しぶりのアルコールは、彼の血液の中も、とくとくと音を立てて回っていた。

 興奮は、股間にも徐々に蓄積されつつあった。
テレーズの肌の熱さと、肌と肌をすりあわせている感触、それに体臭が加わっていた。

 彼をさらに困難な、新たな情況に追い込んでいた。
血液が、今では奔流のように、彼のペニスにも、どくんどくんと音を立てて、流れこんで来ていた。

 戸外での縮み上がるような寒気の体験の後で、身体が解放の雄叫びを上げているようだった。
なんとも甘味で素敵な感触だった。

 すくなくとも、彼の一部だけでも、この縮小の絶え間ない過程に抗して、大きく変化している。
この変身を阻止する気力はなかった。


「テレーズ、ありがとう。もう十分だ」
 彼はそう言って、腰を動かしてここから抜け出ようとした。

「だめよ。 まだ、やっと。暖かくなってきたって、言うだけですもの」
 テレーズは、腕の拘束力をさらに強めてきた。

 神よ。 彼はテレーズが固くなってきたあれに、気がつかないようにと、祈ることしかなかった。
この行為が行き着く先が恐ろしかった。

 もし、彼女がこの戯れに、もっとその気になってしまったとしたら……。
それを拒むことは、彼には不可能だったから。


「……さてと、あなたは、さっきから、そこでなにしてるの」

 彼女は、そう尋ねてきた。からかうような口調だった。

 神よ。彼女は気が付いたのだ。
あるいは、神経質になっているのに、過ぎないのかもしれない。
とにかく、どこもかしこも、彼はとても小さいのだから。

「ちょっと、熱すぎると思ってね。 君は正しかったよ。 これは、本当におおだすかりだった」

「いいえ。そうじゃなくて……。
あなたのあれが。 あそこで。 今。 どんな状態に。 なってるのかって、ことよ。 スコット」
 彼は、彼女の表情を見ようとした。 首を大きく反り返らせた。

 タオルがずれて隙間ができていた。
しかし、彼に与えられた場所からでは、観察はたやすい行為ではなかった。

 彼女の雄大な体格のスケールのために、彼にのぞけたのは、
白くふくよかな顎の下の部分だけだったから。

「……もしかすると、君が期待していた通りの。
ああ……。 ことなんじゃ、ないかと思うんだ。 ぼくが思うにさ」
 キッチンでのテレーズの視線は、ただ事ではなかった。

 彼は、見られている自分をはっきりと意識していた。
スコットは、ノーマルな人間からの、ああいう目付きに敏感になっていた。

 ならざるを得なかったのだ。 男も女も。 彼をああいう飢えたような目で、見るのだった。

「コホン。 ……そうね。 ……あなたは、これまで……とても良く。 やってきたと思うわ……」
 彼女は、一回だけ咳払いすると、意識的に話題を変えてきていた。

 
話すたびに、呼吸で胸が上下していた。
スコットは、声が分厚い肌を伝わって、直接、自分の薄い素肌に響くのを感じていた。

「ぼくを、からかってるのかい……。 君は、ぼくがびしょぬれになって、戸外にいるのを見ただろう?
ドアを開けて、自分の家に入ることさえ出来なかった。
そうして、子犬のように、雨に打たれていたんだぜ」

「……今日は、日が悪かったのよ。 ……あなたのことを、もう少しこうして、抱いていてもいいかしら?
本当にがんばっていると思うわ。 私は今日、新聞記事を読んだの。
あなたが書いた『自伝』も、読ませてもらったわ。
 ここのところずっと、今日みたいな地獄の縁のような情況に、さらされ続けてきたんでしょ。
もし、それが私だとしたら、きっと気が狂っていたと思う。
たぶん四六時中酔い潰れて、へべれけの状態になっているに違いないわ。
今の私だって、あなたには、きっと怪物みたいに見えているんじゃないかしら……」
 テレーズは、それだけを一気にしゃべっていた。


 たぶん、ずっと心に考えていたことなのだろう。 彼女の全身が、ぶるっと震えた。

 スコットには、相変わらず、白く滑らかな顎の下ばかりで、タオルの穴の向こうから顔の表情は
見えなかった。

 テレーズは、顔を上に向けていた。 
意識して、視線を合わせないようにしているのかもしれなかった。

「テレーズ。君が怪物のように見えるだなんて、とんでもないさ。
君は君だよ。 いつまでも、若くて美しい。 ぼくは、君に悩殺されているよ。
証拠も、あるさ……。 分かるだろ。 ただ。ぼくにとっては、君は……、何というか……、
身長が
七メートル五十センチ以上の女性に、なっているということなんだ」

 彼女は、またぶるんと震えた。

「神様……。わたしには、どうしてあなたが、この情況に耐えて、そんなに正気を保っていられるのか、
わからないわ。……そうね。 たぶん、ルイーズとベスのためなのね。 うらやましいわ」
 彼女は、大きなため息をついた。 彼は息のなかに、アルコールの臭いを嗅いだ。


「いつかは、ぼくにもこの経験の全体を、他の人にも分かりやすいように、
説明できる日が来るかもしれない……。 思うに、それは恐るべき体験なんだよ。
……長い間、自分が、子供時代に戻っていくような感覚に悩まされていた。
全身が、もう一度、少年時代の姿になるまではね。 ……それだって。
付き合うのは容易じゃなかった……。 しかし、今は……。
 こんなに小さかった頃の記憶は、全くない。 それは、赤ん坊になったのとも全く違う。
本当に……何か……全く……別の、ものなんだ……」


「あなたは……、たいした……、人だわ」
 彼女は、彼の全身を、もう一度自分の肩にかけていたタオルで巻き直すようにした。

 これで、スコットはペニスを隠すことは出来た。
が、それで下半身の緊張が、納まったわけではなかった。

 籐椅子の上に立っていた。
彼女のウエストの高さに、視線が来るぐらいだった。

 テレーズは、彼をその上に乗せたままで、自分の身繕いを正していた。
スカートのゴムを左手で延ばすようにして、右手の爪先でブラウスの裾を中に押し込んでいた。
それから、ボタンを、下から順番に止めていた。     

「ベスは、このことを、どう思っているのかしら?」
 彼は、微笑した。


「うまく、やっているよ。 すべての情況を、彼女なりに考えて、受け入れているようだ。
もちろん、完全に理解してはいない。 ある意味では、救いでもある。
ぼくがオフィスに仕事に行くのをやめて、彼女のサイズに近くなってくると、とても喜んだよ。
小さな遊び仲間が、一人できたようなものだったからね。
ぼくの方は、長い間、彼女のことを避けようとしてきた。
 でも、子供に「NO!」と言うのは難しいだろ。 まして、自分よりも大きくて、力もある場合にはね。
今では、大きな助けになっている。ルイーズが、仕事で外出しているとする。
ぼくには、手が届かないとか、重すぎて運べないというものがある。
その時には、ベスが手助けしてくれるよ。 ベスとぼくは、ずっと親密な仲間であり続けている。
ぼくが、……その……ノーマルであった時よりも、ずっとね」


「……いいえ、あなたは今でも、とてもノーマルな、一人の男性だわ」
 彼女は、スコットを両腕に抱いて、椅子から持ち上げた。

 屈み込むと、額に巨大で熱烈なキスを、一回だけした。
テレーズの唇は、彼の顔ぐらいの幅があった。
口のなかは、顔面をひとのみにしそうな洞窟だった。

 真紅の口紅を塗った、粘膜のぬめりとした感触は、そこだけが別の生き物のように鮮烈だった。

 彼のタオルで巻いた腰を、もう一回だけ腕に抱いた。
胸元にやさしく押し当てるようにして抱き締めた。
それは、瞬時だったが、彼の息を詰まらせるのに、十分な力がこもっていた。

「分かってしまったようだけれど、私がキッチンで、その、……チェックしていたのは、
けがだけじゃなかったのよ」
 彼がそれに答える前に、彼女はまっすぐに立ち上がっていた。

「くそっ。 もう時間だわ。 あたし、そろそろ行かなくちゃ。
あなたを。もっと早く、ベッドに入らせなくちゃ、いけなかったのよね。
ベッドは、何処においてあるのかしら」

 スコットは二階を指差した。

 彼を例の弾力のある乳房のうえに乗せるようにして、彼女は二階の寝室にまで、すたすたと大股に
階段を登っていった。 階段の手摺りの下の方には、ロープが結びつけてある。

 彼の足の長さからして、階段の段差は高すぎるものになっていた。
上の段が胸元まで来る。 だから、ロープを手がかりに、手摺りの立っている階段の端の木の部分
の上を、一歩一歩よじ登っていくのである。

 戸外に閉じこもっている彼にとって、ここは室内のアスレティック場だった。
それほどの努力と時間を必要とした。

 しかし、このまま変身の進行が止まらなければ、寝室を一階に撤退しなければならない日が来る
のは、もう時間の問題だった。 ルイーズは、彼が怪我をするのではないかと、いつも心配していた。

 「こいつは、びっくりだわ」
 テレーズは、素直に嘆声を上げた。

 灯りは、キャンプ用の小さな携帯用のランプだけだった。
部屋の一部だけが、丸いあたたかい光の中に、浮かび上がっていた。
空気は、階下よりもひんやりとしていた。

 窓には、厚い紺色のカーテンがひかれていた。
部屋のなかは、青い光に満たされて薄暗かった。
窓の向こうでは、いつのまにか雨風が強くなっていた。

 雨が滝のようにいく筋も、窓ガラスを打ちながら流れ下っていた。
室内に目を戻すと、携帯ラジオとラップトップ・コンピュータが、カーペットの床にじかに置かれ
ているのが、テレーズの目には、ひどく目立った。 小型だが、普通のサイズのものだった。

 あたりをきょろきょろと見回していた。 壁に掛けられている、何枚かの絵を除いては、
部屋の中に、彼女の腰よりも高い位置にあるものは何もなかった。

「まるで、白雪姫になったみたいな気分よ」
 彼女は、部屋の沈黙をかき乱すのを恐れるようにつぶやいた。
本当に、ここはテレーズの視点から見下ろせば、小人の部屋なのだった。

 ノーマルなサイズの家具は、全くなかったから。
テーブルと椅子が四脚あった。 本棚も書き物用の机もあった。

 しかし、それらはすべて人形用の木製のものだった。
実物の四分の一程度の大きさに、手作りで加工されたものだった。

「家具のいくつかは、友達から手に入れたものだ。
しかし、ほとんどは、ぼくの本を読んでくれた、善意の人たちからの贈り物だ。
出版社に届く反響の大きさは、君には信じられないぐらいだと思うよ」
 彼は、どこかしら誇らしげに、そう説明していた。

「もちろん、ここで、自分の時間のすべてを、過ごしているわけじゃない。 でも家具のすべてが、
ぼくのサイズである場所が、この世で一ヶ所だけあっても、悪いことはないだろ」

 彼女は、もう何も言わずにうなずくだけだった。
ミニチュア・サイズのベッドの脇の床に、ゆっくり彼の身体を下ろした。

 それは、七面鳥の羽毛布団と、ルーシーの手製のキルトのベッド・カバーでくるまれていた。
縦五十センチ、横三十センチという所だった。

 高さは、十センチ足らずだった。
頭の部分に、ローズウッドの木のボードが付いている。
それにも、繊細な手作りの浮き彫りがあった。


 
足元の床に立って見上げているテレーズは、なんと大きいのだろうか。
素朴な驚きにスコットは打たれていた。 見上げていると、首筋の筋肉が緊張して痛い程だった。

 あの短い青いスカートの裾から、はちきれそうな雄大な太股は、直径一メートルはあるだろうか。
緑のブラウスの胸の山の向こうになって、顔は見えなかった。

 自分は、あの膝小僧の高さよりも、小さいのだ。
床上四十センチメートルの視点では、それで当然だった。

 彼にとって、この部屋は体育館の中のように広大になってしまっていた。
青黒い影の多い、薄暗い広大な淋しい空間だった。

 いま、その十五メートルの高さはある天井に近い程に、高々と一人の巨人の女性が聳え立っていた。
ルイーズもベスも、この部屋には一切立入禁止にしている。
そのため、殊更に、衝撃が強かったのかもしれない。

 しかし、今は、庭であったときほどには、彼女に対して威圧されるような感覚を持っていなかった。
不思議なことだった。 無造作と言える動作で、タオルをばさりと床に脱ぎ捨てていた。

 裸の後姿を見られていても、今度は平気だった。 
下半身の緊張は解消していなかったが、それすらもう恥ずかしくはなかった。
 ベッドのシーツの間に、するりと滑り込んだ。


 テレーズは、ベッドの足元の方の床に、両膝を付いてズシンと座った。
「ちょっと、待っていてね」
 うつぶせになりながら、両肘を付いた。

 両手の上に、白い顎を乗せるようにした。
それで彼女の顔が、自然にベッドの上からのしかかるような位置になった。

 テレーズは、ブラウスの上の方のボタンを二つ分、止めていなかった。
彼がさっきまで憩っていた、熱い温気のこもった湿った胸の谷間が、奥まで覗き込めた。

「さてと、あなたは、これでもうほとんど、良いみたいね。
もうあんな風に、戸外に閉めだされたりはしないわよね」
 彼は、うなずいた。

「もう大丈夫さ。 十分に暖まったよ。 そして注意するよ。 ありがとう。 テレーズ」

「それを聞いて、安心したわ」
 テレーズは、微笑んだ。魅力的な表情だった。 五、六歳は若くなったように見えた。

 黒い雲をまとった白い月のような巨大な頭部を、ベッドの上にゆっくりと下げてきた。
ベッドの両脇に、手のひらを付いている。肘を曲げていた。

 彼の頬にキスをした。 鼻息が、海からの微風のように、スコットの髪をそよがせていた。

 
真紅の唇が、ゆっくりと下におりてきた。
首筋に熱いキスをされていた。 さらに下がって、肩にも情熱的なキス。

 彼は、彼女の名前を鋭く呼んだ。
しかし、彼女は「シイイイッ」と言っただけだった。


 指先で、静かにキルトを剥いでいった。
大きくて濡れた唇が、彼の胸の上に、暖かい雨のように降り注いでいた。
テレーズの口の中の、唾液の臭いがした。

 両の乳首。 引き締まった腹筋の上。臍の上。 暖かい雨は、次々と降り続いた。

 
広く厚い唇が、下腹部の全体にしばらくの間付いたままだった。

 熱心に舌先で愛撫していた。
スコットのバネを内蔵した、四十センチの筋肉質の器官が、しなやかに反り返っていた。

 テレーズの舌の味蕾の感触は、すこしざらざらしていた。 巨大な山猫のそれのようだった。

 彼女は、顔を左右に動かしていた。 黒髪の帳が、彼の周囲に垂れて視界を隠した。
黒髪は、小さな身体の上全体に、愛撫するように広がっていた。 髪の臭いがした。

 くすぐったいような感触が、全身に広がっていた。
弾力性のある、黒い鉄線のような巻き毛の先端が、絹のように繊細な皮膚に、突きささるようだった。

 テレーズは口元の唾液に、貼りつくような巻き毛を、うるさそうに、指先で何回も払うようにしていた。
そのたびに滑らかで熱くほてった頬が、彼の突き立った器官を、
いたずらっぽく何度も撫でるようにしていた。

 その間にも、太股の上までキルトが剥がれていた。
テレーズはついに、固くなった器官にキスをした。

 前よりも小さな声で、彼女の名前を呼んだ。
再び「シイイイイッ」。 彼女の呼吸は熱く、まだかすかにアルコールの臭いが残っていた。

 湿った吐息が、陰毛を嬲っていた。 一本の指先を、やさしく彼の口元に押し当てた。
それから、ペニスが彼女の口に含まれていた。

 上下の真紅の唇の筋肉のあいだで、挾まれていた。
マッサージをするように、上下にゆっくりと何度も摩擦されていた。

 テレーズがもう少しだけ、大きく口を開いたようだった。
スコットの腰全体が、口の中に入っていた。

 最初は、、腰の方から食われるようで、少し恐ろしかった。
が、歯を立てないようにして、細心の注意をしてくれているのが分かった。

 大きな舌で、やさしく裏側の敏感な部分を、舐め上げてくれていた。
彼にとっては、全身が彼女の口腔という名前の熱い海中に、飲み込まれてしまったようだった。


 睾丸までが、ひとのみにされていた。
内腿は左右同時に、テレーズの大きな舌の両端で舐められていた。
異常で、強烈な快感があった。


 強い舌の筋肉で、全身を激しく愛撫されていた。
熱帯の熱い海に浸っているようだった。

 尻の下から巻き上がる強い舌の筋肉の、波のような力に思う様にもてあそばれていた。
肛門にまで、舌の強い筋肉の先端が、侵入してきていた。

 足元から波にさらわれていた。
身体が熱い海中で、くるくると何回も回転するようだった。
つぎつぎと寄せては返す、大きな波に揉まれていた。

 一度だけ、豚のようにテレーズの鼻が鳴った。
それを恥じらうようにぱっと口が離れた。 はっと息を吸い込んだようだった。

 ペニスの周囲に、涼しい上昇気流が発生した。
それから、また熱い海が下りてきた。 彼女の鼻息は、吹き荒ぶ暴風雨のようだった。

 テレーズが目を閉じているので、黒く長いまつげの影が頬に落ちていた。
スコットは、素肌を太股までさらしていたが、まったく寒さは感じなかった。

 広大な部屋の空気も、テレーズの呼吸と、
巨大な身体から発散される放射熱によって、
十分に暖まっていたから。


 テレーズの頭部全体が、リズミカルに律動していた。
いや、彼の全身も揺れていた。 ベッドが、ガタガタと鳴っていた。
彼女も、指で股間を愛撫しているようだった。 胴体の向こうで見えない。

 が、気配でそれと分かった。肉食の獣が、食事をしているようなぐちゅぐちゅという音が、
絶え間なくしていたから。 室内は、テレーズの濃厚な体臭で満たされていった。

 彼女の動きが、一端止まった。 そのときに、彼女がいったらしいことが分かった。
息の風が荒かった。 テレーズの口のなかの匂いがした。

 スコットは、油の浮いた十センチの高さのある鼻筋から、手のひらにはちくちくするような産毛の
生えた口元までを、やさしくゆったりと愛撫してやっていた。

 そこにも、汗の粒が、びっしりと浮かんでいた。
窓を叩く雨音が、静かな室内に大きくこだましていた。

 情熱的な口の動きが、やがて再開した。
彼も今度は自然に、自分から腰を動かしていた。 それから、まだ、しばらくの間があった。

「テレーズ!」
 三度目に、彼女の名前を叫んだ。

 テレーズの、頭部がこくんと一度だけ上下に動いた。 了解のしるしだった。
彼は、ついに達した。 精液は、次から次へと精道を激しく摩擦しつつ、爆発するように溢れた。

 ずいぶん長い間、貯まっていたようだった。
濃厚な液体だった。 すべての欲望を、彼は注ぎこんだ。

 彼女は、そのすべてを、音を立てて旨そうに飲み干してくれていた。
白い喉が鳴った。 さらにしばらくは、口が離れることはなかった。

 やわらかい舌先が、その部分を中心に、下半身全体をしゃぶるように、
丁寧にきれいに拭ってくれていた。

 彼の上半身にも彼女の指の腹が、自分の唾の残りを拭おうとするように滑らかに動いていた。
スコットは、テレーズの指紋の襞襞までを、胸に感じていた。
彼女は、ついに手の甲で赤い唇の端のよだれを拭っていた。


……おいしかったわ。 ……今日は、いろいろと、ごちそうさま」
 テレーズは、キルトを元の位置にまで戻した。

 羽毛布団をかけて、スコットの肩までを包むようにした。
胸の上を大きな手で二、三度、ぱんぱんと叩くようにした。

 もう一度、人差し指を赤い唇の上に持っていった。
そこに立てるような仕草をして、ほほえんだ。

 もう一方の指先を、彼の口元に軽く付けた。
お互いの秘密にしましょうという、テレーズのジェスチャーだった。

 彼女の体のきつい臭いを、彼は再び嗅いだ。 それを口に含んだ。
人差し指の先端は、ちょうど勃起した男根と、同じぐらいの太さがあった。
小さな舌先でちろっちろっと舐めた。 返礼のつもりだった。

 くすぐったかったらしい。 テレーズがくつくつと笑っていた。
少しして、彼女は、彼に大きなウインクをした。

 そして、驚くべき長身で再び真っすぐに、ベッドの真上を両足で跨ぐようにして立ち上がった。
北欧神話の女神のような、七メートル五十センチ以上の、栄光に満ちた姿態だった。


 緑のブラウスの胸元にさえぎられて、また彼女の顔は見えなくなっていた。 ただ青いスカートから
のびた、二本の大木のように長い脚が、白いアーチのようにベッドの両側にそびえていた。

 付け根には、黒い逆三角形の闇があった。
テレーズは、太股まで下ろしていた黒いレースのパンティを、腰まで上げた。

 あそこを大事そうに隠した。 尻に片手を回して、小さな下着の位置を微妙に直していた。


 スコットは、何か言おうとした。 が、ひどく眠かった。
彼女は、やさしく足音を忍ばせて、彼をベッドに残したままで、部屋から出ていったようだった。




 そのころには、疲れ果てたスコットは、すでに暖かい眠りの海に漂っていた。


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マチスンの主題による変奏曲第2番(四十センチの頃に)後編(了)





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